謝ってばかり  (ヒロナ)

【ヒロナ】

 関係修復に時間をかけてはいけない。
 もちろん、完全に仲直りをするには時間がかかる。
 でも、まずは応急処置でも構わないから、すぐに対応する。
 これが私のモットーだ。
 
 「ごめん、今日なんだけど、もう少し時間もらえる?」
 
 世界にかき消されない程度のボリュームで三人に伝えると、皆、黙って頷いた。
 帰りの電車内。ガタンゴトンという音。車内アナウンス。楽しそうに会話をするカップル。静かに座っている老夫婦。携帯電話を片手にキャッキャと盛り上がっている若者。赤ちゃんの泣き声。イヤホンから聞こえてくるシャカシャカ音。
 あらゆる音が響いている。これほど音を出すことは簡単で、世界は音で溢れていたのだ。

 学校近くの公園に着くまで誰も何も話さなかった。各々が何かを考えながら、私の後ろをトボトボとついてくる。不思議な感じがしたけど、内心少し面白かった。まるで別人を率いているみたいだ。
 慣れない場所に行き、心も身体も消耗してしまった。疲れ切った女子高生は、女子の「じょ」の字も感じられない。魂が抜けたようにボーッとした顔で、身体にハリはなく、何もないところで何度もつまずいてしまう。競馬で大負けをした時の父の姿を思い出した。

 「おつかれさま、なんか、今日は疲れたね」

 大きなクスノキの下にあるベンチに横並びで座った。四人で座ると丁度いい。
 初めてアキちゃんの演奏と出会った公園。マキコちゃんが正式にメンバーになった時にもここに来た。バンドが生まれた場所だ。

 「あっという間のはずなのに、一日が長く感じたよ」

 ミウが自嘲気味に答えた。自分のせいで気まずい空気を作ってしまったと思っているのだろう。

 「ご、ごめんね・・・泣いちゃって・・・」

 芸能事務所「プレジャー」の会議室で泣き出してしまったアキちゃんは、意外にもすんなりと口を開いた。それでも顔は俯いたまま。申し訳なさが滲みていている。
 マキコちゃんは黙ったままだったが、彼女の言葉を待たずに話を進めた。

 「ううん、別に私は一ミリも怒ってないし、謝るべきは、時間を作ってくれたのに、ろくに話し合うこともできなかった阿南さんだと思ってるんだけど。集まったのは、今日の反省というか気付きを話したいなと思ってさ」

 ベンチに座って会話をすると「どこを見たらいいか分からない」という現象が起こらなくていい。風に揺れる木々。遠くを歩く家族やカップルを見ながら真剣な話ができる。

 「やっぱり行動するって大事だね。事務所に行く前は、勝手に希望を抱いたりしちゃってウジウジと悩んでたけど。いざ会ってみると状況はガラリと変わった。良いか悪いかは分からないけど、行動したから変化が起こったんだよ。改めて行って良かったと思う」

 「確かに。話し合う前に帰ってくるとは思ってなかったなあ」

 ミウは遠い過去を見るような声で言った。先ほどまでとは違い、少し楽しんでいるようにも聞こえる。

 「あはは! それね!」

 アキちゃんは「ご、ごめん」と言っていたが、私につられるように笑った。
 ミウはたたみかけるように「話し合いの前の迷ってた時間はなんだったんだよって思うもん!」と言い、さらに笑い声が大きくなった。
 さっきまでの疲れも、こうして話していると癒やされていく気がする。
 
 「先に言っておくけど、誰かが悪いとかじゃないからね。アキちゃんは謝るの禁止。むしろ謝るのは私だから!」

 マキコちゃんは何も言わずに考え事をしている。まだ笑い声も聞こえない。
 ミウも彼女を気にしているのだろう。場は明るくなったが、小骨が引っ掛かっているような痛みはまだ漂っている。

 「なんか帰りたくなっちゃったんだよね。・・・巻き込んじゃってごめんね」

 「ううん、ごめんね・・・わ、わた、私もヒロナちゃんが『帰る』って言ってくれて、う、う、嬉しかった」

 「ほらあ! 謝るの禁止! もう!」

 アキちゃんは謝るのがクセになっているのかと思うくらい何度も謝った。気持ちは伝わってくるが、謝ることではないことを謝られるのは居心地が悪い。
 話が逸れそうだったので、話題を戻した。

 「マキコちゃん」

 マキコちゃんは緊張した顔でこちらを見た。
 怒らないでほしいと顔に書いてあるのが可愛かった。

 「マキコちゃんはバンドのためにフォローしてくれたんだよね? ありがとう。分かってるからね!」

 マキコちゃんは唇を噛んで、力強く頷いた。
 アキちゃんの吃音について、マキコちゃんはフォローをしたのだ。
 もし芸能事務所に入って音楽をしていく可能性があるなら、吃音は障害になってしまうかもしれないと思ったのだろう。せっかくスカウトされたのに、たったそれだけのことで夢を棒に振りたくないと思ったに違いない。
 マキコちゃんは正義感あふれる子だ。そんなことは分かってる。
 しかし、その優しさこそが本人に刃を振りかざしていることに、マキコちゃんは気付いていなかった。だから、ミウが怒ったのだ。
 そして、ミウが怒ってくれたことで、私たちの心の奥に眠る「憐れむ」気持ちが浮き彫りになってしまった。
 このことを正直に話したかった。
 
 「あ、あ、あり、ありがとうね」

 アキちゃんはマキコちゃんの手を優しく握ると、マキコちゃんの目から大粒の涙が溢れ出した。

 「本当に、ごめんなさい・・・」

 1時間49分 2100字

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