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【小説】 外に出てみて。


「ああ、すみません! もう一回いいですかぁ?」

 耳にキンキンくる黄色い声がスピーカーを振動させた。カタカタカタと乾いた操作音がコントロールルームに響く。「じゃあ、もう一度同じところからいきますね!」と私はマイクに向かって話した。
 シンセサイザーで加工されたピアノのポップな音が始まる。ギターが重なり、ドラムとベースが支える。大きな塊でみれば、ウチのバンドとやっていることは同じはず。でも、なにもかも違うから面白い。個性という言葉を疑ってしまうほどだ。人が変わるんだから、そりゃそうなんだけどさ。実感としてね!
 私は楽譜に目を落としていた。コード通りに進んでいるか、曲の意図を汲んでいるか。そして、時にはヴォーカルに合わせて自分の曲を柔軟に変化させられるかが問われている。

 アイドルちゃんの声は固かった。
 固くて詰まっていて痛い。
 アキちゃんの澄んで優しい声が耳朶を打つ。
 アキちゃんだったら、こう歌ってくれるだろう。
 アキちゃんだったら、どう予想を超えてくれるだろう。

 心の声を飲み込んで、私は重力に負けないように、えいと口角を上げ「ありがとうございます! オッケーです!」と収録ブースに笑顔を向けた。向こう側の可愛い子も「ありがとうございます!」と笑顔を向けてくれる。アイドルちゃんだって頑張ってる。次の子へ、そして、次の子へ。
 みんな若いといったって、年齢差なんて私と大差ない。でも、決定的に何かが違った。ふわふわしてるというか、影がない感じ?

「すみません、今のところ、ちょっと声が揺れちゃったかなと思うんですけど、もう一回やらせてもらってもいいですか?」

 今度は声が重たい子。重たくて、鼻にかかって、丸い。メイクで飾らなくたって、小洒落た服を着てなくたって、十分にキャラクターとしての色が出てる。ヘンに気取らなくたっていい。

「揺れてる感じも、ビブラートが効いてるようで素敵だと思ったよ?」
「いや、でも、ちょっと偶然だったというか。意識してなかっただけなので、もっかい、録ってみたいです!」
「オッケー、じゃあ、やってみようか!」

 RECマークが赤く光る。再び音がなり、音波がギザギザと機械の中に刻まれていく。やっぱり、声は揺れていた。ブレスポイントの問題だろう。まだ、肺活量が追いついていないんだ。でも、それはそれで、いいと思った。ヘタにブレスポイントを変えると言葉のニュアンスが消えてしまうから。

「すみません、もう一回だけいいですか? ちょっとブレスが続かないので、直前でブレスをとってみます!」
「……やってみましょう!」

 スピーカーが腹の底までズンズン響き、再び彼女の歌が始まる。今度は息が最後まで続いた。声の伸びも確かにいい。でも、歌のニュアンスは消えてしまった。息を吸う音と曲が混ざって、言葉の粒が溶けてしまった。

「いい感じだったと思うよ!」
「よかったですぅ! ありがとうございます!」

 曲が消えて、彼女たちの我が残る。
 私は何度も何度も自分達のバンドの景色を思い出していた。
 アキちゃん、マキコちゃん、ミウ。みんなの行動や思考が手に取るように分かるから、言葉も選ぶことができた。ずっと一緒にいるからこそ、言わなくても伝わることが合った。共有してる世界があった。

「じゃあ、ちょっと休憩しましょうか!」

 まだ折り合いをつける力が私にはなくて、思わずスタジオの外に出た。
 冬とは思えないほど、太陽がぽかぽかしてる。大きく息を吸い込むと、肺に澄んだ空気が流れてきた。

 みんな、今、なにをしてるんだろうなぁ。
 アキちゃん、声が出るようになったかなぁ。
 マキコちゃんは、何かの撮影をしてるのかなぁ。
 ミウはきっと、勉強してるんだろうなぁ。

 私は、バンドが大好きなんだと思った。

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