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気持ちはいつでもナガハルとハルオな話

映画が好きだ。家で酒を飲みながら観るのも、映画館の大きなスクリーンで観るのも、飛行機でいつまで経っても眠れないときに観るのも、布団の中で瞼が閉じようとするのに抗いながら観るのも、どんな時も映画は素晴らしいと思う。
映画は自分に違う人生、違う世界を見せてくれるからだ。自分は2023年を生きる日本人で、30代で安月給で働く、金のない小市民である。お金持ちとのコネクションはないし、大きな事件も起こらない、個人的には楽しいが、同じような人は探せばたくさん見つかるくらい平凡だ。
自分は自分がいる以外の世界を知らないし、どんな生活をしているのかも知らない。ヤクザの姐さんは旦那の「お勤め」の間何をしてるのか知らないし、ホームに電話したがる宇宙人がどんな姿をしているのかも知らない。遠い昔、遥か彼方の銀河系で戦う戦士は何に悩んでいたのか想像もできないし、優しくて美しく親切でおもしろいナニーが歌う歌の節もわからない。しかし、それらはすべて映画が教えてくれた。

前置きが長くなったが(前置きだったのか)、おすすめ名作映画の話である。名作の定義とは何だろうか
などと考え始めたら人生が終わるので、単純に「何度も観たくなる」「すごく好き」とかのシンプルな理由で決めてみる。一本に絞ることができないので、複数上げていく。紹介は思いつくままなのでランキングなどではない(順不同)。


①クラッシュ(2004)

アカデミー作品賞も受賞したのだが、いまいち知名度が低い気がする。しかし、個人的にとても心に残る映画である。一件のクラッシュ(Crash/衝突)事故とその前後を描いた物語で、タイトルの意味する「衝突」はおそらくダブルミーニングになっている(と思うのですがご存知の皆さんいかがでしょうか)。この映画を観てから、「人間は多面体である」と考えるようになり、自分の価値観に大きく影響を及ぼした、マイルストーンの一つである。自分から見て死ぬほど嫌な奴でも、その人を好きな人がいるということを考え、けどそれって許せるかどうかはまた別の話だよな、いやでも許すことって結局、みたいに、いまだ悩ませる原因となっている、ある意味では因縁じみた映画でもある。確か、ちょうどこの時期に正義と悪の本質を問う作品に触れることが多く、いろいろ考える時間もあったためにこんなめんどくさい人間になってしまった。
出演者も、ワイルドスピードシリーズのリュダクリスやアイアンマンのテレンス・ハワードとドン・チードルなど、今や押しも押されぬ超人気シリーズに出演している役者ぞろいで、派手でも奇抜でもないが、心に残るお芝居という感じなのも好きだ。監督のポール・ハギス、監督作品よりも脚本とかが多くて、それはそれで面白いからいいんだけど、また監督してくれないかなーと思う。しかし007の脚本はものすごくよかったので、また書いてほしい。


②アモーレス・ペロス(2000)

これも衝突事故が関わる話だが、上記のクラッシュとは違い、わりとHPの消費が激しい映画だと思う。たしか観たきっかけは主演(一応)のガエル・ガルシア・ベルナルが好きだからだった。いつ見てもかわいくてかっこいい。近年はメジャー作品にも出ているのでそれも嬉しい。ただ、かわいくてかっこいいガエルを期待して観たら、そんな自分のキャピッた気分を吹き飛ばすほどのエネルギー量に圧倒された。これも上記クラッシュと同じような群像劇というか、一つの事象に関わる複数の人間の物語なのだが、クラッシュが生きる美しさ、喜びに特にフォーカスしているとしたら、アモーレス・ぺロスは人生のうまくいかなさ、期待するけど叶えられない虚しさに特に焦点を当てている。クラッシュもアモーレス~も、どちらも現実に起こりうることで、多分人の一生は両作品のようなできごとが交互に来る感じなんだろうと思う。
アモーレス~は、当時の自分の心の中をかき乱して更地にして、何も残さないめちゃくちゃ大型の台風のような存在だった。見終わった後にしばらく放心したのも、この映画が初めてだった気がする。
イニャリトゥ監督、そこまで監督作が多いわけではないのだが、撮る作品すべてが話題になるからすごい。そういえば、スペイン語を勉強するきっかけにもなった映画だった。


③羊たちの沈黙(1991)

恥ずかしながら二十歳くらいまで観たことがなかった。が、観終わった瞬間「もっと早く観るべきだった」と憤り「今すぐ記憶を消してもう一回観たい」と興奮したことを鮮明に覚えている。
たしか原作者はとても寡作で、このシリーズしか本を出していないか何かだったかと思うのだが、こんだけ売れていまだにオマージュもされまくるなら書かなくても生きていけるよなあなどと思う。
自分の周りには奇行を笑って許してくれる友人が多いため、ガラス張りの壁を見つけるとレクター立ち(博士の最初の登場シーンみたいなやつ)はやるし、何かにつけ思い出したときに「そいつの肝臓をソラマメと一緒に食ってやった」のセリフは真似する。特に理由はない。
元からサスペンスやミステリーは好きだったが、これは別格で好きだ。ゾクゾクする気持ち悪さと、自分の正常さとは何なのかと混乱していく感じと、犯人への嫌悪感など、普段は隠して蓋をする感情を全部出させられるような感じが好きなのかもしれない。危ういものにこそ惹かれるあの感じだ。
そういえば生まれて初めて父に存在を打ち明けた男と別れた時、父に「羊たちの沈黙を観ていたら、面白くないって勝手に変えるような人で」と言ったら父がものすごい勢いで振り返り「それは別れて正解」と言い切ったのを思い出す。父が言うなら間違いない。


④ゴッドファーザーシリーズ(1972~)

問答無用の「かっこいい」映画と言えばこれだと思う。初めて観たのは中学の頃だったと記憶している。その頃の自分はものを知らない子供だったため、この映画の良さが全く分からず、当時の印象は「馬の首」だけだった。馬鹿め。もっと落ち着いて、考えながら、何日かかってもいいから観るべきだった。こんなにおもしろい映画なかなかないのに。二十歳を過ぎて改めて観てみると、言葉にできない感情で震えた。今でも言葉に表すことは難しい、様々な感情が渦巻く映画である。一作目のラストシーンは、心理的な距離感を映像で表現していてただただすごいな、とため息が出た。Part2も、マーロン・ブランドは出ていないものの、「そこにいる」と思わせる周囲の芝居、本人の残した圧倒的オーラ、そして若き日を演じたデ・ニーロの存在がものすごくうまく噛み合っている映画だと思う。自分はロバート・デ・ニーロが好きなのでいつも一作目か二作目を観るのだが、三作目も嫌いではない。が、前二作と比べると、震えるほどの感動は自分にはなかったな、というのが正直なところだ。友人から「あなたの好みのタイプ、ひと言で表すとインテリヤクザだね」と言われたことがあるのだが、たしかに自分はファミリーのメンバーなら絶対的にトム・ヘイゲンが好きだ。ロバート・デュバルがめちゃくちゃかっこいいので、自分と同じ(シュッとしてキリっとして、頭が良くてチームのブレイン的立場で、切れ味のよさそうな人が)好みの方にはぜひ観ていただきたい。


⑤シン・シティ(2005)

アメコミ原作の映画だが、近年公開のたびに世界中を席巻するMCUやDCのヒーローものとは正反対の、ダークでダーティな世界観を描いた作品である。○○マン系は小さい子供でも観ることを止められることはあまりないと思う、なぜなら彼らは法の下に正義を果たしているからだ。しかし、シン・シティは多分、小さい子供が観たいと言ったら「ちょっと待て」と言われそうな、ギャングやら汚職政治家やら、売春婦に性犯罪者など、アウトローたち勢ぞろいみたいな映画である。シン・シティ:【罪の街】と呼ばれる、腐敗した無法地帯で起こる三つの出来事を描いた短編集だが、その一本一本が非常に満足度が高く、かっこいいのである。どの作品にも通じていることは「愛のために巨悪と戦う」ということで、ハラハラドキドキしつつ、ロマンス的なアレもあり、グッとくるシーンもあるという、色んな感情を味わえるという意味ではお得な映画である。全編白黒映画だが、所々色が入っている部分もあり、それがなんとも印象的で、実写なのにアニメっぽい、不思議な存在の映画に仕上がっていると思う。ラストシーンには衝撃を受けたが、エンドロールが流れた瞬間、「…っ、かっこいい~…!」と思わず声に出してしまうほど痺れた。そんなことになったのは人生で二回目だった。一回目はゴッドファーザー(一作目)。


⑥インディ・ジョーンズシリーズ(1981~)

冒険映画といえばこれ、と言いたくなるほどの名作。自分は幼い頃に金ローやらゴールデン洋画劇場やら日曜洋画劇場やらで死ぬほど観たから、近年友人と話していて「あんまり知らない」「どんな話?」という言葉を聞くとひっくり返るほど驚く。これを観ずに子供時代を過ごすだなんて、どんな生活を送ってきたんだ!?と唾を飛ばしながら聞いてしまいそうになる。ごく普通の生活だそうです。しかし、自分からすれば子供時代に夢中になる映画といえばこれで、大人になった今でもわくわくするのは変わらない。一時(本当に一瞬)は、ジョーンズ博士のように考古学の研究をするのに憧れたこともある。このシリーズの秀逸なところは、神様や宗教など、身近でありながら不可触なものを題材にしているところだと思う。妙にリアルで、けれど科学の時代の今、あり得ないと言いきれてしまう不思議現象は、子供の自分からしたらとても恐ろしく、理解できなくて、とても尊いものなのだと感じた。また、ジョーンズ博士自身も大変に魅力的な人物で、賢く優しく、相手への敬意に満ちた人物だが女には少々弱いというところがかわいい。生まれて初めて好き!と思ったのがジョーンズ博士だった。ちなみに自分がここで書いているインディ・ジョーンズシリーズはあくまでも最後の聖戦までの三部作のことを指しているのであって、クリスタルスカルのことはちょっとそっとしておいてほしい。新作はどうなるのだろう。


⑦雨に唄えば(1952)

全編通して明るくてかわいくて、楽しい幸せな気持ちにさせてくれる映画だと思う。映画が無声映画からトーキー映画へ移り変わる瞬間を舞台として、お顔は綺麗だが声がマズい俳優や、うまくいかないトーキー撮影の混乱、世間が夢中のスターと、才能はあるのにチャンスに恵まれない俳優の卵のロマンスなど、見るからに楽しくて幸せな気持ちになる要素しかない。
この映画を観たことがない、知らない人であっても、多分メインテーマのメロディは口ずさめるだろうし、どしゃ降りの中で傘もささずに踊り続ける男性の写真や映像は、何となく思い浮かぶだろう。とあるデパートでは売り場に外の雨を知らせる合図になっているらしい。雨というと、どちらかというと冷たい、暗い、物悲しいなど、明るくないイメージをもたらすが、この映画、この音楽のおかげで、雨の日もなんとなく楽しくなる時がある。
また、そこまで大きくない役でリタ・モレノが出ているとか、キャシー役のデビーはキャリー・フィッシャーの母親だとか、調べていくとへえ、となることも多いのが個人的には面白かった。ジーン・ケリーが主役の物語なのだが、どうしても自分が気になるのは親友コスモ・ブラウン役のドナルド・オコナーである。しなやかな手足の動き、まったくブレない体幹、宝石のような青い目、俳優の枠を超えた芸達者ぶりをぜひ観てほしい。あとここまで紹介してきた中で唯一人が死なない平和な映画である。


⑧オリバー!(1968)

次もミュージカル映画で、愛くるしい少年のお話だが人は死ぬ。孤児の少年が一人、愛を探し幸せを探し、なぜかスリ集団の仲間入りをしつつ成長していく物語である。雨に唄えばと比べるといささか暗い展開だが、孤児にしては美しすぎる少年、マーク・レスターがとにかくかわいいのでまあいいや!と思ってしまう。『雨に唄えば』がジーン・ケリーやドナルド・オコナーなど、少数精鋭の素晴らしいテクニックを堪能する映画だとすれば、この作品は数の暴力。やたら群衆と一緒に踊るシーンが多い。しかし、それらのシーンが全く雑なつくりではなく、かといってすごいだろう!と誇示するわけでもなく(多分公開当時はあったかもしれないですが)、自然に「みんな楽しくって踊っちゃったね」とでも言うような、画面全体が怒涛のハッピーオーラで埋め尽くされている。そういう意味でも数の暴力という感じがする。当時はもちろんCGなどの技術はなく、画面の奥の奥まで埋め尽くされたキャストはすべて人間だろうし、全員が同じ振付を叩きこんだのだろう。むしろよくこれだけの人数を集めて、一糸乱れぬ振付をしたなと裏方の皆さんに感服してしまうレベルだ。Consider yourselfは明るく楽しく、生き生きとした人々の表情になぜか泣きそうになる。Who will buy?は朝の静謐な空気から、少しずつ活気に満ちてゆき、最後にははつらつとしたエネルギーですべてを埋め尽くすような歌で、観ているだけで嬉しい気持ちになれる。ラストはわりとあっさり終わるが。


⑨パーフェクトブルー(1997)

やっと邦画。アニメではあるけども。以前noteに書いた、「幼い頃にチラッと見ただけでトラウマになったアニメ、大人になってから偶然観たらめちゃくちゃよかった」という話の、そのアニメである。夭逝の天才・今敏監督の監督デビュー作で、いまだ根強いファンがいるという。今敏監督というと遺作となった「パプリカ」がよく挙げられる。たしかにパプリカは面白い。めちゃくちゃ面白いし、アニメだからこそできる表現、違和感のない表現が多く、実写みたいにCGと実写の融合が嘘くさすぎて冷めることがない。そして何より平沢進の、暗闇で聞き続けたら確実に発狂しそうな解読の難しい音楽。どこを取っても最高である。だがあえてパーフェクトブルーを推したい。個人的な感想だが、今敏入門編としては、一番パーフェクトブルーがいいんじゃないかと思っている。わりとわかりやすい設定、物語でありつつ、スピード感のある展開は飽きさせないし、それ以降の今敏作品に通じる「現実と妄想の曖昧な境界線」も描かれている。ここで今敏作品に対する自前の耐性を見極められると思うのだ。一発目がパプリカ?発狂してしまう。東京ゴッドファーザーズ?他作品とのギャップが激しすぎる。千年女優?面白いけど混乱するだろ。妄想代理人?…ただいま。
ちなみにこの作品は平沢進は関わっていないが、キャラクター原案が江口寿史だった。江口寿史も好きだが、あの人はいつか漫画を描いて完結させられるのかな、などと余計なお世話を考えてしまう。多分もう描かないし完結させないと思う。


⑩犬神家の一族(1976,2006)

新しいのと古いのと、どっちかなと思ったが、正直どっちも好きなので年代は指定しない。横溝正史の名作を映像化し、あの有名なスケキヨマスクやら湖面から突き出る二本の脚やら、サブカル的にインパクトがものすごく強いが、実はとても悲しい因果の隠された、何度観ても飽きない名作だと思う。この映画を観ているだけで、日本国内の様々なマンガ、映画、ドラマ、いろんなところで見られるオマージュに気づくことができると思う。
自分の中で「金田一さん」といえば石坂浩二氏を思い浮かべるほど、強烈なインパクトがある。が、あくまでも石坂金田一さんは穏やかで自然で、全くエキセントリックな芝居ではない。ただ、穏やかに優しく、人間らしい柔らかさと、頼りなさと弱さのある芝居で、そこが金田一さんを身近に感じられるのだと思う。
同じ作品を、同じ主演で、周りは少し変えつつも同じ脚本で撮っているからこそ、石坂浩二氏の芝居の違いを楽しめる。若さゆえの至らなさを楽しむのも良いし、歳を重ねたからこそのすべてを受け止めるおおらかさと慈愛を楽しむのも良い。個人的には旧作には横溝正史本人がカメオ的に出演しているのも、ちょっとおかしく、なんかいいなと思いつつ、だが時の隔たりを感じさせて好きだ。2006年版のラストが「あのシーン」で終わるのも、少し切なく、胸がいっぱいになる。あのシーンを、監督はどんな気持ちで撮ったのだろうか。個人的には、監督自身の鑑賞者への気持ちを表したように感じられてならない。
友人とパンケーキを食べながらスケキヨさんのモノマネをして爆笑を掻っ攫ったことはとても良い思い出である。頼まれればやるので、いつでもご用命ください。




多分、このタグをつけて書かれた記事は、おすすめの一本に絞って、その作品への愛を語っているコラムやエッセイが多いのだろう。だが、自分は金ローゴールデン洋画日曜洋画のテレビ映画番組で映画を摂取してきた人間で、一本に絞ることができない。どの映画にも思い入れがあり、それにまつわるエピソードがあり、思うことが山のようにあるからだ。
これからも、たくさん好きな映画、勧めたい映画、個人的名作は生まれるだろう。観るたびに愛する作品は増えるだろう。
映画の好きなところは、普通に過ごす二時間をとても濃密なものにしてくれるところだ。仕事をしていたら白目を剥いて、どうにか意識を保つのが精一杯で、目を開けながら寝ているような生産性ゼロの時間なのに、映画は他人の人生の濃密な時間を味合わせてくれる。だからこそ、自分は映画が好きなのだと思う。
自分は平々凡々な、十人並の人間であるが、映画を通して全く別の世界を生きる人間の苦悩や葛藤、喜びを知ることができる。
なんてすごいんだ。

いやー、映画って、本当にいいもんですね。
それでは、また新しい世界をお楽しみください、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。


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