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【ショートショート】青空ステーション(595文字)

読了目安2分 文字数595文字 

 クジラが泳いでそうな爽やかな空が広がっていた。
 雲の上に浮かぶ駅のホーム。ずっと遠くの空まで続く線路。それ以外はすべて青と白で視界が埋め尽くされていた。ホームを歩いていた猫が、私の前で止まって、ちょこんと座った。
「どこに行かれますか?」
尻尾を揺らしながら聞いてくる。
「どこへでも行けますよ。実在する場所でも、実在しない場所でも」
それを聞いて私は
「実在しない場所?」
と聞き返した。猫は涼しげな顔で私を見る。
「はい。ずっと、行きたかったんでしょう?ここじゃないどこかに」
ああ、そうだ。と私は思った。
「うん。私は行きたかった。ここじゃないどこかに」
「最初はどこにします?」
「うーん、そうだなあ。手始めに一日中ずっと夕暮れのままの世界に行ってみたい」
と私は無邪気に言った。猫が嬉しそうに、いいですねえと言った。


 そのとき、遠く向こうから電車が走ってきて、私の前で止まった。扉が開く。猫が躊躇なくその電車に乗った。私に振り向いて、
「さあ、行きましょう」
と言う。うん、と言って私も電車に乗ろうとする。と、どこかから聞き覚えのある声が、聞き覚えのある名前を、何度も何度も呼んでいるのが聞こえた。何をそんなに必死に呼んでいるんだろう、と私は思った。しかし、二、三秒して考えるのをやめた。まあいっか。私はその声を無視して電車に乗った。扉が閉まる。電車がゆっくりと走り始めた。

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