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おみくじを引くのをやめたら、大吉が降ってきて、部屋が散らかる話

 2年前、おみくじを引くのをやめた。

 神社境内にあるあの小さい箱から、小さい紙を引っ張り出して、開いてみたらそこに書いてある「小吉」の文字。あれに何度、落ち込んできたかわからない。
 だいたいが、「吉」と「小吉」のどっちがいいんだったかも、毎年思い出せなくなる。毎年思い出せないので、毎年初詣に行ったついでに従兄弟とどっちが良いんだったかを話し合っては、ついぞ答えが出なかったりする。結局どうでもよくなって、最後は屋台のじゃがバターを買って帰る。そんな年始ルーティーン。

 そうやって、あんまり思い入れがない割には、おみくじの「小さい」「吉」という字面が妙に頭から離れず、身の回りで起こった小さな不幸が、なんとなく「小吉」という運勢に吸い寄せられていくような感じがしていたのだ。
 何を選ぶにも考えすぎてしまう私だ。自分を不安にさせてしまうようなものは、少しでも減らしたいという思いもあった。

 そんなに、おみくじに本気になる?
 別に、もっと軽い気持ちで引けばよくない?

 これがもっともな話であることは、わかっている。だから、「おみくじ」というものに反対したいわけではない。
 いまだに私だって初詣に行けば、家族とおみくじを引きたい気持ちが多少は湧いてくる。引きたい人は、引けばいいのだとおもう。

 それでも私は、あの小さい紙に、1年の歩みを左右されずに、自分だけの意思で、1年間をやりきってみたいと、ふと思ったのだ。

 母と一緒に初詣に行って、おみくじを引きたい気持ちをグッと堪えながら、お正月。引かなかったら引かなかったで、その後はおみくじのことを思い返す間もなかった。
 というのもその1月、私は産まれた時から住んでいた祖母の実家を、出るところだったからだ。
 元々留学から帰ってきた直後、住む家がなく、祖母の家に一時的に間借りさせてもらっていたようなものだった。その矢先、急遽祖母の実家がまるごと売りに出されることになり、半ば出ざるを得ないというような状況で、一人暮らしの物件を急いで決め荷物をまとめるところだったのである。

 12月に新たな職場で働き始めたばかりだったのもあり、忙しく多くの出来事がいっぺんに起こる中で、一人の女性に出会った。現在の妻である。


 元は、職場の先輩だ。

 初めは入社直後の忘年会で話をして、真冬だというのに、お互いの好きな怪談についてで盛り上がり、周囲の人間を置いてけぼりにしながらゲラゲラ笑っていたのが始まりだった。

 怪談なのにゲラゲラ笑いながら、テーブルの水をこぼしたりしている、ご陽気ハッピーおっちょこちょい慌てん坊人間なところにシンパシーを感じて(私そんなんちゃうわと隣で叫んでいる)、話していてずっと面白いところが魅力だった。

 あらゆる情報源が、お笑いコンビ「紅しょうが」の熊元プロレスさんなのもかなり良い。「この前、熊元プロレスがな〜」から始まる会話の妙なワクワク感が、話すたびにとってもグッとくる。


 職場の中だけでなく、友人としてたまにランチをしたりする中で、お互い、だんだんと距離が近づいていった。
 夏に差し掛かる頃になると、お互いに好意を持っていることが明らかになってきた。というか、なんで付き合ってないん?という、あまりにも仲が良すぎる状態である。
 これ以上、相性の良い人はいないかもしれない、と素直に思った。

 しかしながらお相手は、私よりも10歳年上で、しかも未就学児と小学生のちびっこ娘2人を抱えたスーパーママ。
 つい最近まで哺乳瓶を小脇に抱え離乳食で日々を過ごしていた成人男性が、果たして付き合ってもいいのだろうか、と頭を抱え悩んでいた。

 でも、冷静になってみると、これはぜんぜん実態のない不安だと思った。
 歳の差が離れていることも、子供が二人いることも、別に好きであるという感情をとめる理由にはならない。
 不安は確かにそこにあるけれども、愛情も確かにそこにある。

 というか。
 込み上げてくるこの違和感。
 これって、おみくじを引くのをやめたから、まっさらな気持ちでいられるんじゃないか?

 もし年始に大凶を引いていたとしたら、もしかしたら「この女性と結婚するんだ!」という選択肢を、人生の中で、選んでいなかったかもしれない。

 新しいスタートを切る、その自分を決定づけるものが何もない状態になって、初めて、本当に選びたいものが見えるような気がした。

 だから、今このお相手と結婚して、娘二人が元気に部屋を散らかしまくっていても、何も後悔がない。

新聞紙を広げ続ける娘と絶望的に散らかった部屋の様子


 自分で選べるという選択肢を、自分で選んだ。

 小さい始まりだけれど、今の自分の人生を決定づけるような、大きな選択だったと、今は思っている。


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