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官民で育てる「野口英世アフリカ賞」

アフリカの保健分野に貢献する人たちを応援する日本の国際賞
「野口英世アフリカ賞」(以下、野口賞)は、感染症の蔓延が人類共通の危機であるという認識の下、その危機が特に懸念されるアフリカにおいて医学研究および医療活動で顕著な功績を挙げた人に贈られる賞だ。2008年以降、アフリカ開発会議(TICAD)の日本開催時に授賞式が行われてきた。新型コロナウイルスが世界で蔓延している現在、この賞がアフリカや日本にとってどのような意義を持つのかあらためて考えてみたい。

野口英世アフリカ賞シンボルマーク


研究に加え、医療活動にも光を当てる

 野口英世博士は、アフリカの黄熱病研究のためにガーナに渡り、1928年に自身も黄熱病に感染し、かの地で斃れた。その野口博士の精神を引き継ぎ、日本政府が2006年に創設した国際賞が、野口賞だ。アフリカで蔓延する感染症などの疾病対策のため保健と福祉の向上に大きな功績を上げた個人や団体を顕彰することを目的としている。
 本賞は「医学研究分野」と「医療活動分野」から成り、賞金額はそれぞれ1億円と、ノーベル賞に引けを取らない規模だ。その原資は国費と民間からの寄付で賄われている。ノーベル生理学・医学賞が個人のアカデミックな業績を対象としている一方、野口賞は医学研究だけでなく、アフリカの現場での個人・団体による献身的な医療活動も対象にしている点に特色がある。
 また受賞者の中には、アフリカに留まらず、国際的な保健医療の発展に裨益する業績を上げた人もいる。2013年の医学研究分野では、エボラ出血熱やHIV /エイズなどの感染症の調査研究を長年アフリカで行い、国連エイズ合同計画(UNAIDS)事務局長も務めたベルギー出身のピーター・ピオット博士が受賞した。同年の医療活動分野は、HIV/エイズ感染者への治療活動に従事し、治療機会を増やすための先駆的な予防と治療方法を普及させたウガンダ出身のアレックス・コウティーノ博士が受賞した。
 他方、本賞はこれまでTICADの日本開催に合わせて実施されてきた。このため創設から15年も経つが、授賞頻度はわずか3回で、知名度も高いとは言えない。

TICADの理念との共鳴

 しかしながら、日本の対アフリカ支援において、保健医療分野は常に柱の一つに位置付けられてきた。そして日本は国際的にもユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進し、COVAXファシリティでも主要なパー
トナーを務めるなど、積極的に貢献している。野口賞は、そうした我が国の援助理念と哲学を象徴し、体現しているものと言える。
 それ故TICADの場で授賞式が行われる本賞は、TICADが我が国の援助理念と共鳴する活動を行うさまざまな援助主体を評価し、後押しするフォーラムでもあることを内外に示すツールにもなっている。もともとTICADは、国際社会のアフリカに対する関心が薄らいでいた1990年代初頭に始まり、アフリカ諸国とドナーによる対話のためのフォーラムとして先鞭をつけた。昨今は欧米だけでなく、中国やインドなども類似のフォーラムをアフリカと行っている。こうしたフォーラムではビジネスや政府開発援助(ODA)の促進が注目されがちだが、野口賞はそれに留まらないTICADの理念をより明
確に示している。
 実際、野口賞はアフリカのために奮闘する人たちを鼓舞してきた。第1回の医療活動分野の受賞者であるケニア出身のミリアム・ウェレ博士は、受賞記念講演で、「日本はアフリカ開発における保健部門の重要性を強調した。-中略-このように保健部門に注目していただけて感謝する。TICADを通じて日本とアフリカの特別な関係を歓迎する」と喜びの声を上げていた。同氏は、ケニア国家エイズ対策委員会委員長も務め、40年にわたり地域レベルで基礎医療サービスの提供に尽力してきた人物だ。
 第3回の受賞スピーチでも、同様に喜びと今後への熱意が聞かれた。医学研究分野の受賞者、コンゴ民主共和国出身のジャン=ジャック・ムエンべ=タムフム博士は、「今、私が誇りをもって手にしているこのメダルが、コンゴ民主共和国大統領と我が国の誇りとなりますように。-中略-野口英世博士の科学的発見と社会正義の精神を、現在および将来のアフリカ人研究者の間で受け継いでいくことをお約束します」と述べている。同氏は、エボラ出血熱などの研究と疾病対策の人材育成に多大な貢献をした。
 本賞の分野別推薦委員会や最終選考委員会を構成する内外の委員は、感染症などを研究する第一線の研究者であり、現場の医療活動を熟知する専門家である。日本政府は委員らの真剣な議論と選考作業を通じて、これまで必ずしも十分な評価が与えられてこなかった活動にも光を当てていくことを目指している。

アフリカからの信頼向上にも

 「情けは人の為ならず」という言葉がある。野口賞を通じてアフリカの医学研究や医療活動を鼓舞することは、現地の人々の日本に対する評価の向上、特にアフリカで活躍する日本人や日本企業に対する信頼の向上にもつながるだろう。アフリカの人々の健康と命を守るために活動する個人や団体を、日本は官民挙げて評価し応援している、というメッセージをアフリカや世界に対して発信していければと思っている。
 世界中を混乱の渦に陥れている新型コロナウイルスと人類の闘いは、皮肉にも「世界はつながっている」ことをわれわれに再認識させた。アフリカにおける感染症対策の底上げが、ひいては人類全体の保健と福祉の向上に寄与し、最終的には我が国の安全・安心、グローバルな経済の繁栄拡大につながる。このユニークな国際賞を、保健分野の開発の重要性を誰よりも理解している我が国が官民で育てていきたいゆえんである。
 第4回の受賞者は、今年8月に開催されるTICAD 8で紹介される予定だ。これまでは日本開催に合わせていたが、今後は完全にTICADのサイクルに合わせ3年ごとに実施される。日本の人たちにも未来の受賞候補者を積極的に発掘し推薦してもらいたい。本賞の意義をご理解いただき、その価値と権威をさらに高めるべく、一緒にこの賞を育てていただければ嬉しく思う。

寄稿:内閣府野口英世アフリカ賞担当室長
   胡摩窪 淳志


本記事掲載誌のご紹介

本記事は国際開発ジャーナル2022年7月号に掲載されています。
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