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小さい己、大きい己

0、前置き

 identity academyでは、定期的に各界の最前線で戦っている方に来ていただきトークセッションを行なっている。当記事は先日行われた佐渡島隆平さんによるセッションが二期生の一員、K.Eにはどう映ったかを記した文章である。(トップ画像出典:https://forstartups.com/media/forbes_20201126/

1、神は細部に宿る

 佐渡島隆平さんは言わずとしれたセーフィーの創業者で、2021年にはForbesの起業家ランキング第一位にも選ばれた凄腕起業家だ。(セーフィーは防犯カメラのクラウド化を軸に監視カメラのDXを推進している企業)

 そんな佐渡島さんに終盤、僕はある意地悪な質問をぶつけた。
「セーフィーの挑んでいる領域には、〇〇(AI分野で国内屈指の技術力を誇る某企業)はじめ様々な企業が取り組んでいる。その中でセーフィーの差別化ポイント、競合優位性はどこなのか」

 恐らく似たような質問をされる機会は多いのだろう。佐渡島さんは余裕の笑みを浮かべて「これまで蓄積してきたデータかな」
と答えた。確かにセーフィーのこれまで蓄積してきたデータ量はずば抜けているはずだ。

 僕は、その言い回しが非常に佐渡島さんらしいと感じた。同時に、佐渡島さんのトークセッションを共有していない人間には伝わらない部分のある言葉だと感じた。この記事では、あえて自分なりに上記の発言を翻訳して「セーフィーの強み」について述べていく。以下、最終的な結論を導くにあたり、いくつかの断片的なエピソードを並べるが、しばらくお付き合い願いたい。

a、技術者の力
佐渡島さんは、セーフィー創業のきっかけとして、既存企業には課題があったと述べた。その課題をセーフィーが解決出来た要因を質問されると、共同創業者で技術担当の方の名をあげ、「彼らが優秀だったから」と、経歴にまで踏み込みながら、その方々の凄みを話した。

b、大事にするのはカルチャーマッチ
「本気で頑張る」「誠実に生きる」といった言葉は、誰もが口にする割には、ほとんど誰もが守っていないという不思議な言葉だが、会社のビジョンも同じようなものではないだろうか。デフレ化の日本で唯一ハイパーインフレを起こしていて、個人法人問わず誰もが大風呂敷を広げる。そして最後は、こんな大層な目標を達成出来ないのは当然と言わんばかりに平然と不祥事を起こす。そんな中、体の奥底から生み出された会社の標語と、適当にそれらしき表現を並べた会社の標語を、文字面だけで見極めるのはほとんど不可能だ。
 セーフィーにもまた、会社の価値観がある。そして中途、その価値観に対して質問された佐渡島さんは、他のどの質問よりも熱く語っていた。僕の質問や、賛辞半分の質問に対しても誠実に、そして丁重に答えてはくださったがどこか冷静だった佐渡島さんが、唯一熱くなり「pythonとかRubyが出来るってのは正直二の次なんだよ、まずはカルチャーがマッチしないと」と語っていた。
 価値観の内容については、部外者の僕が下手にセーフィーの価値観を語るのが失礼に思えるほどなので、会社HPから画像を引用するに留める。

画像3

c、メッセンジャーでお願いね
 最後に短めのエピソードを一つ。会の締め、当アカデミーの主催者森山さんは、尽きぬ質問を打ち切り、「今日はここまでね、皆さん、他に質問があったら直接佐渡島さんに連絡してください。きっと答えてくださりますから」とまとめた。
 佐渡島さんは「あー、メールだと返し損ねるかもしれないから、メッセンジャーでお願いします。友達申請してくれたら承認しますので」と述べた。

 どうだろうか。上記三つのエピソードを通じて、何かしら見えてくる共通項はないだろうか。

 僕自身は、それは「己の小ささ」だと思う。佐渡島さんはどこまで言っても「オレスゴイだろ」系の自分語りからは最も遠い場所に立っている。自分自身に関する問題は、極めて些事なのだろう。だからこそ、自社の成功要因を聞かれた際も、己ではなく共同創業者について滔々と語る。同様に自分の経歴について語るより、会社全体のカルチャーについて嬉々と話す。

 そしてその極致は最後の「メッセンジャーでお願いね」にある。言うまでもなく多忙な起業家、学生の質問対応など面倒この上ないだろう。「メリット」はほとんどない。ただ佐渡島さんはそんな素振りはおくびにも出さない。それだけでなく、「メッセンジャーなら返信出来る」とわざわざ返信確率を一番上げる手段まで真摯に教えてくれる。己が大きく、損得至上主義者の人間には決して出てこない言葉だ。

2、推理とこじつけは紙一重

 本題の「なぜセーフィーが強いのか」に戻ろう。上記で述べてきたように、佐渡島さんは己がとにかく小さい。決して己を大きく見せようとしない。だからこそ、「これまでシェアをとり、データがある」と自社の強みについても間接的な要因、すなわち本来の強みから生まれた副産物を控えめに述べるに過ぎなかった。

 ではセーフィー本来の強みとは何なのだろうか。それもまた、代表である佐渡島さんの「己の小ささ」にあるのだろう。「己が小さい」からこそ、短期的な損得以上の、長期的な将来像に向けての打ち手が打てる。

 一方で己の大きい会社にとっての最重要ポイントは、「現時点での自社の凄さ(=社会からどう思われているか)」だ。それゆえ、世間が評価しやすい一次元的な尺度で勝負しに行く。すなわち評価の楽な技術力を高めにいき、世間が認めてくれるからという理由だけで、SDGsやダイバーシティという言葉に飛びつく。

 ところで、この己が大きくなり一次元的尺度で上を目指す姿勢は、会社だけでなく、僕たち自身も反省せねばならぬポイントだろう。一次元的尺度での勝利というのは、もちろん、よく言うところの「いい会社に入るかが大事」や「どれだけ稼ぐか」といった姿勢が代表的だ。

  だが、僕たちはそんな姿勢は批判しながら、同じ穴のムジナになっていないだろうか。「大企業サラリーマンで一生を終えるなんてつまんない、人生は冒険しないと!」と新興宗教の教祖のように触れ回り、「その行動は多様性からもSDGsという観点からも完全にアウト!」と中世の魔女狩り顔負けの弾圧を相手に強いる。一次元的な尺度を絶対的に捉えている点では、六本木で連日ギャラ飲みを繰り広げ「地獄の沙汰も金次第*1」なんて威張っているなんちゃって起業家と大差はない。勝利の方程式はプロ野球*2にしか存在しないのだ。

3、知性とは何か

 閑話休題。ここまでつらつらと「己の小ささ」があり、自分自身がどう思われるか、自分自身がどうなるかを過度に気にしないからこそ、「定量的、一次元的尺度」に捉われない行動が出来る、と佐渡島さんの強みをまとめてきた。関連したエピソードをもう一つだけ。

 実は「セーフィーの戦略」について僕が質問した背景には、以前に読んだ楠木建氏の「ストーリーとしての競争戦略」*3という本が念頭にあった。衝撃的なことに、長くなった僕の質問の直後、「それは多分『ストーリーとしての競争戦略』的な意味での打ち手を聞きたいんでしょ」と見抜かれた。

 こういった物事を抽象化して結びつける知性は、現実世界では極めて重要にも関わらず、定量化はほぼ不可能なため、いわゆるテストで測られることもなく、いわゆるお勉強をしているだけでは手に入らない。本当の意味で考える行為が好きで、普段から考え続ける習慣がないと身につかないであろう。短期的な観点で評価される知性とは別次元の思考力に、また佐渡島さんの「己の小ささ」の一端を見た。

 冒頭、Forbesで起業家ランキング第一位にも選ばれたとセーフィーを紹介した。定量的評価に捉われない強さを持ったセーフィーが定量評価の頂に登ったのは、何とも皮肉で面白い。

とはいえ、
「ランキングだけでは見えてこないセンスにも注目してもらえたら」
部外者ながら、そして余計なお世話だと知りつつも、セーフィーはそう願わされる会社であった。


4、不要の要(脚注)

*1 地獄の沙汰も金次第  
 戒名などの寺社の扱いが金銭次第で変わったところから生まれた言葉だそう。再三繰り返した「己の小ささ」は完全に仏教の思想なのだが、近代に入り「己の大きさ」の極みなる言葉を生み出したのもまた一興。

*2 勝利の方程式はプロ野球
 リード時の必勝パターン(登板する投手)を意味する。阪神のJFKが元祖、JFKの一角であった久保田投手は年間90試合登板という過酷な起用をされた。プロ野球の世界といえども、方程式の形成はどこかにしわ寄せが来るのか。

*3 「ストーリーとしての競争戦略」
 一橋大経営学者、楠木建教授が各社の経営戦略の背後にあるストーリーを解き明かした名著。ユニクロの柳井さんに「経営者はそんなこと考えてねぇよ」と一喝された話が個人的に大好き。僕が上で書いてきた想像も、佐渡島さんからしたら完全に「そんなこと考えてねえよ」だろう。

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