「香害」は「化学物質過敏症」なのか ※メディア側からみた問題点
※化学物質過敏症の厚労省の定義(がない話)や自治体の対応の問題、病名登録されていることは化学物質過敏症を確立した疾患として認めたわけではない という話についての過去のページ※
※主に化学物質過敏症をメディアとして伝える側の視点からの問題点を考えています※
化学物質過敏症と「香害」
化学物質過敏症の原因として真っ先に名前があがるのが、柔軟剤や芳香剤の香りです。(※例:宮城県、福岡県など ※原因として国が認めたわけではない)
香りによる体調不良はときに「香害」とも呼ばれ、「香害」と「化学物質過敏症」を結び付けるような報道も見られます。
たとえば、2024年2月の朝日新聞の記事では、<「香害」の具体的な病名となる「化学物質過敏症(CS)」>、
2023年10月の日経新聞では、<柔軟剤や合成洗剤、香水などによる体調不良は「香害」とも呼ばれる。代表例が空気中の微量の物質に反応する化学物質過敏症…>とあります。
厚労省は、「香害」について、どのような見解をもっているのか、問い合わせました。
※追記(20240809)宮城県のサイトは更新され、現在は記載がありません。更新の理由は別途書きます。
「香害」厚労省の回答は…
香害も化学物質過敏症もどちらも確立した概念ではない(”いわゆる”香害、”いわゆる”化学物質過敏症といった形で使用することが多い)
香害と化学物質過敏症とは、結び付けていない。
どちらも概念が確立していない以上当然かもしれませんが、”香害が化学物質過敏症に含まれる”といったように、関係の規定はできないということです。
ただし、国は「香りに配慮を求めるポスター」は制作していますので、これについて見ていきます。
省庁合同で作成された 「香り」啓発ポスター
このポスターとは、消費者庁や厚労省が合同で出している『その香り 困っている人もいます』というものです。(細かいですが2021年に最初に出されたときは「困っている人もいるかも」でした)
このポスターを出した理由について厚労省に聞くと
・香りによって気分が悪くなる人がいるのは事実なので、香りの製品に関しては注意して使用してください、という意味で出した
とのことでした。
「香害」という言葉は使っていないものの、香りにより気分が悪くなる人がいることについては認めていて、配慮を求める呼びかけがされています。
ただ、このポスターは「香りについて」のものなのですが、多くの自治体では化学物質過敏症の啓発ページに掲載されています。
そのため、ポスターを化学物質過敏症の啓発のために出したように見える、という現象が生じてしまっています。
自治体は化学物質過敏症と混同?
実際にどのような使われ方をしているのか見ていきます。
例えば、長野県のページでは、
「化学物質過敏症へご理解をお願いします」というタイトルの下に、
「症状は、原因と考えられる化学物質に近づくと誘発、増悪します」と書かれ(この部分の見解自体は国と違うのですが、いったん置いておきます)、
その下にポスターが貼られています。
もう1つの例として石川県のサイトを見てみると、
「化学物質過敏症についてご理解いただき、ご配慮くださいますようお願いします」という文言の下に、省庁が出した”啓発ポスター”としてファイルが貼られています。
しかし、本来ポスターが”啓発”しているのは「香りの問題」についてであって、化学物質過敏症についてではありません。
これらの自治体のサイトでは、「このポスターは化学物質過敏症に関する啓発ポスターなんだ」と誤解されかねない使い方がされてしまっているのです。
たしかに、ポスターができた経緯として、国会でも議員からいわゆる香害と化学物質過敏症についての質問が何度か積み重ねられ、その後作成されるに至った、という流れはあります。(※参考:2021年4月 参議院 消費者問題等特別委員会のやりとり)
しかし、ここでも国側の答弁は化学物質過敏症は未解明な部分が多い、などとするにとどまっていて、やはりポスターは「香りについて配慮を求めるもの」でしかないのです。
誤解招くポスターの使用法 何が問題か
問題点としては、
①「香りの問題は化学物質過敏症の問題」として、両者が結びついているという印象がより強固になる
②「化学物質過敏症に省庁合同の啓発ポスターを出しているということは、やはり国も確立した疾患として認めているんだ」と誤認してしまうこと
が大きいかと思っています。
②については、これまでのnoteに書いた「多くの自治体の啓発ページが厚労省の見解と違う」「化学物質過敏症は保険病名」などと同じパターンなので省略します。
①については、ポスターの使い方だけが原因ではなく、冒頭であげたような報道の影響もあると思うので、ここから生じる問題点を考えたいと思います。
香りの問題は香りの問題として検討すればよいのでは?
誰しも1度は自分が不快と感じる香りによって嫌な思いをしたことがあるのではないでしょうか。芳香剤が置いてある車だと酔ってしまう、など、日常の場面でそれぞれ感じることもあると思います。
香りによって他人が不快な思いをする可能性もある以上、香りの製品を使うときは気を付けよう、という注意喚起はあってもいいと思いますし、だからこそ省庁合同のポスターの制作も最終的に決定されたのでしょう。
メディアで取り上げるときも、このような「香りで不快な思いをすること」(広い意味として「香害」という言葉を使ってもよいとは思うのですが)は、香りそのものの問題として伝えればよいのではないでしょうか。
わざわざ疾患概念も確立していない化学物質過敏症と結び付けることは、以下に続くように害もあると思うのですが、実際には冒頭にあげた新聞記事のように、両者が結びついているものを多く見かけます。
香り「だけ」の問題のはずが化学物質過敏症に
香りによる問題と化学物質過敏症を結び付けることの問題点については、すでに15年も前から、医師のNATROM先生がブログで指摘されています。
(※ブログ:『香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい』)
ブログ内では、「化学物質過敏症」について配慮し始めたら、農薬も床のワックスも添加物もダメ…などと収拾がつかなくなる、という懸念点が示されているのですが、この点は特にメディアが注意深く考えなければならないポイントです。取り上げ方によっては、こうした状況を作り出してしまう可能性があるからです。
現在「香りに困っている人」が、香りによる問題と化学物質過敏症を結び付けた報道をみたらどう感じるでしょうか。
おそらく「わたしは化学物質過敏症だったのかも」と疑い、「化学物質過敏症で原因となると言われているもの」を調べた結果、本来は香りだけの問題であったものが上記の指摘のように「あれもダメこれもダメ」になってしまうかもしれません。
結び付けにより「香り問題」が報じにくくなる可能性も
また、化学物質過敏症と香りの問題を結び付けたままでいると、香りの問題が報じにくくなるとも思います。
誠実にやろうとすればするほど、「香りによる不快な影響は化学物質過敏症である」というエビデンスの積み重ねが欲しくなります。そうすると、いつまでたってもエビデンスが整わず、今度は香りの問題を取り扱えなくなる可能性が出てきます。
現に、香りで困っている人がいる、困るシチュエーションがある、ということは事実なので、結局は、香りの問題が(疾患概念も確立していない)化学物質過敏症であるかどうかにこだわらず、香り単体の問題として取り上げればよいと思います。
※補足※
メディアの中でも化学物質過敏症の概念に疑問を持つ人が一定数いることを感じています。
ただ、その疑問を前提にすると、
「香りの問題」は理解できるし気になる
→でもさまざまな記事や自治体のページを見ると「化学物質過敏症」と結びついている(ように見える)
→化学物質過敏症の概念には疑問があるので、やっぱり取り上げるのやめておこう
となってしまいます。
それはそれで「香りによって体調不良になるのに、メディアは全然扱わない!」となる恐れもあるので、そのためにも最初から分けたほうがよいと思います。