「化学物質過敏症」の伝え方 自治体掲載の「厚労省研究班のパンフレット」は厚労省の見解とは全然違う



多くの自治体が情報提供を行う化学物質過敏症

「化学物質過敏症」と検索すると、大小さまざまな自治体の
化学物質過敏症に関する情報提供のページがヒットします。
都道府県レベルで見ても、
明確に化学物質過敏症について説明するページ等を設けているものが
33都道府県ありました。

その内容は
・原因として具体的に洗剤や芳香剤、食品添加物、残留農薬などをあげる(山形県、宮城県、京都府など)
・オリジナルのパンフレットを制作して啓発する(神奈川県、岡山県、高知県など)
など、多くが患者さんに何らかの配慮を求めるものですが、
東京都はメカニズムが不明であることや、 
診断・治療方法が確立していないことなどを淡々と掲載しています。

少し変わったところでは、群馬県のサイトがあげられます。
 化学物質過敏症の患者さんについて
<電磁波にも過敏になり、家電製品の使用が困難になることもあります>
と記載されています。
ただし、電磁波過敏の根拠や、情報の出典は示されていません。

複数自治体が使用「厚労省研究班のパンフレット」の謎

自治体のサイトを並べて見ていると、いくつか共通点に気づきます。
その中でも目立つのが、
15道府県で化学物質過敏症の説明に用いられている

<厚生労働省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班
『化学物質過敏症 思いのほか身近な環境問題』パンフレット>
というものです。

※広島県のページからダウンロードしたものです※


このパンフレットについては、
・名称だけを情報の出典として載せている自治体
・パンフレットをまるごと掲載している自治体
と、その利用の仕方は様々ですが、まずは内容を見ていきます。
(※明確な引用表記はなくても、内容を掲載している自治体もあります。)

パンフレットの内容 治療法も掲載

▼「化学物質過敏症」についての記載

「ごく少量の物質にでも過敏に反応する点ではアレルギー疾患に似ています。最初にある程度の量の物質に暴露されると、アレルギー疾患でいう“感作”と同じ様な状態となり、二度目に同じ物質に少量でも暴露されると過敏症状を来します。時には最初に暴露された物質と二度目に暴露された物質が異なる場合もあり、これは多種化学物質過敏症と呼ばれます。」
(略)
「アレルギー反応と急性・慢性中毒の症状が複雑に絡み合っている疾患であると考えています」

広島県掲載のパンフレット『化学物質過敏症 思いのほか身近な環境問題

▼「予防と治療」も掲載

「適切な食事をし、適度の休息・睡眠をとり、毎日適量の運動をし、精神的なストレスを避けて健康状態をベストに保つようにします。」
(略)
「改善しない場合は解毒のために運動療法、温泉療法、サウナ療法などを行い、さらに必要なら解毒剤やビタミン剤の大量療法を行います」
(略)
「原因物質の投与による中和法が必要となることもあります。
中和法とは、ある患者さんに、ある原因物質の症状に対して適度な量の原因物質を投与すると、症状を軽減あるいは消去できるという治療です。
二日酔いに対して迎え酒をするようなものと考えてください」

同パンフレット

自治体が掲載している情報によると、
このパンフレットは約30年前のものだということです。

疑問点としては、
まず、物質が化学物質過敏症の原因であるとし、
メカニズムも記載してありますが、
これは「病態も原因も不明」という現在の厚労省の見解と異なります。

次に、「病態も原因も不明」であれば治療法もないはずなのですが、
解毒や温泉療法、そして中和法と呼ばれるものまで
具体的に紹介されています。

そして、実はこちらのパンフレット、「厚労省研究班」とありますが、
厚労省のサイト内では検索しても出てこないのです。
パンフレットそのものを掲載している県もありますが、
クリックしてみると、リンクのアドレスが
化学物質過敏症の啓発団体のページのURLだったり、
県がPDFとして独自にアップしていたりと、
いずれも厚労省のサイトにリンクしたものはありませんでした。

パンフレットは「厚労省の見解ではない」


15道府県がその内容を利用する
<厚生労働省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班
『化学物質過敏症 思いのほか身近な環境問題』パンフレット>とは何か。
厚労省からの回答は…

・書かれている内容については厚労省としての見解ではない。
・パンフレット記載の治療法は国が認めた治療法ではない。
 エビデンスレベルが確立したものではない。
・20~30年ほど前に当時の研究班が作成したとみられるが、正確なところはわからない。
・厚労省のサイトにも載せていない。
・自治体がなぜ利用しているかはわからない。

「治療法」掲載の問題点

こうした状況の中で心配なのは、「国が認めたわけではない治療法」を
パンフレットを通じて自治体が掲載しているところです。

ただの一個人が発信する”治療法”であれば怪しさも感じて身構えますが、
自治体が掲載している治療法なら信頼できるだろう」
思ってしまうのではないでしょうか。

メディアにとっても、
「公的機関が掲載しているのだから、こうした治療を行う医師やクリニックを取り上げても大丈夫だろう」という思考になりがちです。

しかし、こうした治療はすべて自由診療であり、
そのエビデンスがどの程度のレベルなのかは
治療を受ける側やメディア側で確認が必要です。
「自治体が掲載している!」というお墨付きにより
本来慎重に判断すべきことがスルーされてしまう危険性を感じます。

厚労省の見解と異なる内容の掲載は問題なし?

厚労省も、このパンフレットを多くの自治体が掲載・採用していることを
把握していなかったとのことです。
今後、国の見解と違うものが自治体に掲載されていることについては、
部内で共有はするということでした。
(自治体に指導するとは言っていないのですが)

※15道府県がパンフレットの内容を利用、と書きましたが、
市町村レベルの自治体の利用実態は、多すぎて把握しきれていません。
パンフレットをそのものを掲載しているところも複数あり、
名古屋市水戸市、などで見ることができます。

まとめ

・化学物質過敏症に関する自治体の情報発信で
 たびたび出典として利用されているのが、
 厚労省の研究班の作成物とみられる
 『化学物質過敏症 思いのほか身近な環境問題』というパンフレット。

・しかし、そのパンフレットの内容は現在の厚労省の見解とは異なる

・パンフレットには「治療法」も記載されているが、
 国が認めた治療法ではない。

ただし、よく調べると、
今度は逆に「原因も病態も不明」とする姿勢に反するのではないか、
という事実に出会います。

化学物質過敏症は保険適用なのです。
そして、化学物質過敏症の代表的なものとされる”香害”については、
柔軟剤などの香りに配慮を求めるようなポスター
厚労省や消費者庁などが合同で作成しているのです。

ということは、やっぱり保険適用の治療法があったり、
柔軟剤が化学物質過敏症の原因として認めていたりするのではないか?
と思うところですが、これについては無意識の前提が間違っていたので、
次に書いていこうと思います。


【補足】検索でヒットしないと「存在しない」ことに

厚労省の見解とともに見てきたのは、
国が正しいから自治体は国の見解に従うべき、という意味ではありません。ネットや過去記事を検索しているだけだと、
違う見解が存在することが分かりづらいのです。

「化学物質過敏症とは○○です。原因は○○です」
という情報はわかりやすいですし、書いているほうもすっきりしますし、
事実としてそういった症状を訴えている人もいるので、
メディアに掲載する後押しにもなります。

一方で、「化学物質過敏症は定義もなく病態も原因も不明、
そして原因が化学物質かどうかも断定できない」という情報は
誰がどう困っているのかという具体的なストーリー性もゼロで、
だから何なのかよくわかりません。
ネタにならないのでわざわざメディアも書きませんし、
誰も書いてほしいと思わないので積極的に載せる動機もありません。

ただし、こうした状況が続くと、
世の中の情報の偏りを生んでしまうのではないかと思うのです。
「化学物質過敏症は○○です。原因は○○です」という情報は
ネット上に積みあがっていく一方、
「病態も原因も不明」という情報は世に出づらいので、
ますます見えなくなっていきます。

どちらにどのようなエビデンスがあるか、ではなくて、
単純にわかりやすいほう、書きやすいほうが積み上がり
それしか見えない状態になることが心配になり、
個人的に調べたり確認したりした内容ですがネット上に残しておきました。

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