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風の谷のナウシカにみる長期主義(longtermism)の末路

※記事中、風の谷のナウシカ(原作マンガ版)のネタバレを含みます。

 いわゆるテック系億万長者が後押しする各種先端技術が向かう先が、ナウシカにシュワの墓所で「否」と言われる場面につながる気がした、という話です。優生学の授業の補足資料で紹介されていたこの記事がきっかけです。

億万長者が描く人類の未来とその哲学(記事の概要)

 イーロン・マスク筆頭とする技術系の億万長者達の間で最近支持されている思想・社会運動として、「効果的利他主義(effective altruism、EA)」というものがあるらしい。ざっくりと、費用対効果が高い慈善事業を目指すような考え方のようで、例えば、人類滅亡のリスクに備えてそれに不可欠な技術開発を進める裏付けになっている、要するに、将来の人類の救済のために使うということで現在の自分の巨額の資産形成が正当化できる、しかも投資家に響きやすいおいしさがあるということのよう。
(ちなみに、年末に逮捕されたFTX創業者は、EAのコミュニティの中心的な存在で民主党政権への巨額の献金もしていたものの、慈善的な思想はないことを語っているらしい)
 EAの中で特にメジャーなのが、こうした遠い将来のリスクを持ち出す長期主義(longtermism)というもの。
・ 気候変動や小惑星の衝突で地球が居住不可能になる
・ 新型のウイルスやゲノム編集技術による兵器化された病原体のパンデミックによる人類絶滅の危機を迎える
・ AIが人類のコントロールを超える
時に備えて、気候変動対策やワクチン開発、宇宙開発などのための技術開発を強力に後押しする、というロジック。技術でなんでも解決できるという幻想の影響力が増しているのは問題があるし、今度は宇宙に植民地かい!、という点はあるけれど、全部が悪、ということではもちろんなくて。
(ちなみに、このEAとlongtermismが広まるきっかけとなったとされるのが”What We Owe the Future”というミレニアム世代の倫理哲学研究者William MacAskillの本。MacAskillはイーロン・マスクから研究資金を得ているとの情報も)
 この記事に取り上げられている問題は、「人類を高度化する・優秀な人類を増やす」ための技術開発・支援の方向性(トランスヒューマニズム)、特に富裕層で一定の支持者がいる後者についてです。記事の中心は、特に富裕層対象に優秀な子孫を増やす運動をしているCollins夫妻のストーリーで、彼らは、自分たちの優秀な子孫(夫妻はスタンフォード大出身のエリート、「好ましいゲノム」を持っているか出生前にスクリーニング)で将来の地球人口を支配することを目標にしているそう。他者を排除しているわけではない(自分たちの遺伝子から選択しているだけ)からナチスと一緒にされるのは困ると逆手にとって自称「ヒップスター(かぶき者、という訳はどうだろう?)優生学」としているものの、これってガチ優生学なのでは??ということ。

ただのエリート主義?じゃない懸念

 記事の論調に同意で、この長期主義なるものは、シリコンバレー界隈の流行、ただのエリート主義と放っておけるものではなくアンテナ張っておく必要がありそうと感じたわけです。根拠とする要素としては以下のあたり。
・ 遺伝子/胚のゲノム診断、生殖補助技術、ゲノム編集技術にテック系億万長者を中心として巨額の投資が集まっている(ジェフ・ベゾス筆頭に支援が手厚い不老不死関連の技術の目的は、生殖可能年齢の延長という説も)
※診断や生殖補助技術自体は、生殖に係る選択̪肢を広げるものであっても、経済的な問題や社会制度がハードルになっている限りその恩恵を受けられる人は限定される。
・ 世界人口が増えている現実の中で、先進国の出生率の低下を強く懸念する傾向がある(裕福な国は将来の問題解決により重要、という思想がある?)
・ お金は政治的影響力を持ちうる
・ 先端技術は経済発展、競争の鍵となるうえ、グローバル課題への貢献、出生率の向上、「長期的な効果を見据えた投資」といったキーワードは先進国の政策とも相性が良い
★ トランスヒューマニズム思想がオリジナルの優生学(1920年代~30年代に米国で大きなムーブメント)と同様のロジック
 - 人類存亡の危機というリスク想定 (⇔移民や経済格差の拡大で白人滅亡の危機というリスク想定)が推進力
 - エリート層のナルシズムと結びついた、優秀=社会的に影響をもたらしうる=必要 vs その他、という人間の分類(優生学は、当時の社会的な階層を固定化するエセ科学理論で、障碍者、移民、先住民、黒人の抑圧・排除に働いてきたといえる)
 - 遺伝子が人の能力や性格を決定するという決定主義的な考え方

破壊されたシュワの墓所

 つまるところ、人類の滅亡を防ぐために「優秀な人類」を増やす、何なら技術的に「高度な人類」を作る、というストーリーが、風の谷のナウシカの世界における火の7日間前世代の人間たちと共通するな、と(個人的な物語の解釈に基づくと)思ったわけです。
 確かに、彼らは、放射能に汚染された世界を浄化するシステムとその中で生存できる生物を作り出して、過酷な環境でも人類が滅亡せずに生き残ることを可能にした(なくても生き延びたかも)。けれど、本来の目的は、その世代の文明と生物種をシュワの墓所と呼ばれるところに保存しておいて、環境が浄化されたら今度は「穏やかな」人類を導入して文明の続きを始めることだった。なんとも楽観的というのか、傲慢、ナルシズム、というか。
 それで、この文明解凍・再構築計画について、あの手この手でナウシカの協力を得ようとしたものの、結局、「この世界を愛しているから」と彼女(&仲間たち)に拒絶され墓所は破壊された。という話だったはず。

 遠い将来の世界のために「優秀」な人間や技術を生み出す、といっても結局その「優秀」は今の尺度でなわけで、本当にその将来世代にとって正解かどうかは分からないし、それだけ遠い未来の想定なら、問題解決のための技術開発も、本当に貢献するものか不可欠なのか今の時点では賭けでしかない。少なくとも、長期主義のストーリーに基づく特定の先端技術への投資のブームは、自作自演的な要素があることを念頭において冷静に見る必要があるだろうし、数百年後の将来の人類を気に掛ける余力があったら今の問題に真摯に向き合うべし、ということだと思ったわけです。

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