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ポスト・ポストカリプスの配達員〈2〉

 テレポートの語源がtele-postというのは皆さんご存知のとおりだろう。第四次環太平洋限定無制限戦争時に開発されたそれは、ポストに物を入れると遠くの別のポストに瞬時に転送される戦略的インフラとして造られ、戦後瞬く間に、ある意味普及した。普及しすぎた。
 開発を主導したのは再び官営化され、物資補給や通信を担当していた当時の日本の郵政省。なにしろ戦争中だった。画期的なインフラも破壊されては意味が無い。物質の可逆的量子化や無質量化はまだ実用化前だったし、金属分解ナノバクテリア入りの有機ミサイルが引っ切り無しに飛んできては国土を石器時代に戻そうと頑張っていた。
 だから自己複製能をつけた。壊れても増えれば問題ないよね、と。
 自己複製能の制御系を壊されるとは、考えていなかったようである。
 グラウンド・ゼロは恐らく帝都・霞ヶ関。
 現在も増え続けるポストはその総数を誰も把握出来ず、戦争を終わらせ、文明を終わらせ、しかし世界をギリギリ終わらせなかった。自己複製の際に中にあるものも一緒に増えるので、凡そ無限の水と食料が齎されたからだ。
 こうしてポスト・ポストカリプスの世界が出来上がった。

 俺はそんな世界を旅する配達員〈サガワー〉。ポストの中身を集めて回って必要とされる場所に届ける、この世界で最もありふれた職業。
 楽そうに見えるか? 実はそうでもないんだ。
 なにせ戦争中だった。奪われたインフラが敵に利用されるのなんて当たり前。だから対策を立てていた。ポストは郵政公社のIDを確認出来ないと開けられない。これはいい。こじ開ければ済む話だ。
 問題はこじ開けた場合に中身がランダムで転送され、中には名状しがたきものが混ざるという点だった。

「SHHHHHHHGHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!」
 八つの眼と無数の触手から恐るべき溶解粘液を撒き散らすのは、『切手収集家〈スタンプコレクター〉』と呼ばれる怪物だ。名前の由来は、食い殺したやつの顔の皮を自分の身体に貼り付けるから。こいつは確認できるかぎり三人しか食っていないまだ小物。
 郵政省が創りだした物ではないだろう。テレポテーションの理論は、散らかった郵便局の状態を波動関数として捉え、それを基底に〒空間を経由して物質を飛ばす。
 その際に宛先不明だったり料金不足だったりするとこういうバケモノが生成される。かつては日本国内と戦地を結ぶだけだったが、今や世界中あらゆる場所に偏在するポストはそのネットワークのカオスとエントロピーを無限に増大させており、よってポストを開けるとバケモノが出てくる確率も相応に高い。
 BLAME! BLAME! BLAME!
 俺は両手でしっかりと握った52口径のシグサガワー・マシンピストルを三点バースト。冒涜的なミートボールのような剥き出しのスタンプコレクターの脳に過たず命中。
「GRUUUUUUGHHHHHHHHHH!!!!!!!!!」
 怪物は絶叫と共に溶解粘液を四方八方へと撒き散らすが、俺は宅配ボックスの殻――安定超ウラン元素の重金属製――で防ぐと今度はフルオートで撃ちまくった。
 BBBBBLLLLLAAAAAMMMMMEEEEEE!!!!!
 逆光の中、発狂したイソギンチャクみたいなスタンプコレクターの陰が一部欠けて四散した。
「サイハイタツハ……ウケツケテオリマセ……ン……!」
 謎めいた断末魔と共にビクリと一度痙攣すると動かなくなる。俺はしばらく息を潜めて見守っていたが、再度動き出したりしないのを確認すると宅配ボックスから這い出した。
「ウェー……」
 紫色の体液がサハラの砂に染みこんでいく。俺は体液を踏まないように慎重にポストに近づく。配達ドローンと宅配ボックスに加えスタンプコレクターまで相手に大立ち回りだ。これで目当てのポストの中身が空振りだったら久々の大赤字になってしまう。
 そのポストは、青かった。
「絶対お宝が眠ってるぜこれは……!」
 青いポストには様々な伝説がつきまとう。俺は興奮を抑えきれずにポストの腹を……開いた!
 ブシュー!! 真っ白い冷気が激しく漏れ出す! やった、レジェンド級宅配物、クール便だ!
 俺はそのとても重い発泡スチロール製のコンテナを慎重に取り出すと、ほとんど恭しく蓋を開いた……!
「なっ……」
 そこに入っていたのは俺が期待していたような冷凍有機ナノユニットやエントロピー中和冷媒剤などではなかった。

 それは、凍った、女の子だった。

【続く】

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