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ポスト・ポストカリプスの配達員〈7〉

 衝突!
 万物を収縮させる根源の力と、万象を拡散せしむる終焉の力の拮抗! 時空連続体そのものの屋台骨を揺らがす、それはまるで神々の闘争だった!
 ミネルヴァが超音速で振り下ろしたペーパーブレイドを、トライは白刃取りの要領で止めると、陽炎を圧縮しそのまま圧し折ろうと試みる。だがそれは接触面で連続して発生した小爆発により防がれた。ペーパーブレイドの表面を流れる危険な光――それはごく少量の反物質が放出される輝きだったのだ。
 トライは即座に手を離し後退、だが距離は開けられなかった。追従しミネルヴァが踏み込み間合いを潰す! 長物を携えているのに、何故敢えて有利な間合いで戦わないのか――答えは単純、ペーパーブレイドは拡散と縮退が自在の武器だったのだ。短刀レベルにまで高密度縮退されたペーパーブレイドが突き出される! 抉るような回転を加えられ、エルゴ領域の負のエネルギーを撒き散らしながら、シンギュラリティと化した剣は物理法則の全てを憎むかのような咆哮を上げてトライの脇腹を掠める!
 そのまま横に薙ぎ、胴体を一閃せんとするミネルヴァの腕に沿って、トライの腕が、ほとんどゆっくりなまでに突き出された。空間の圧縮と膨張を短時間で連続させることにより見かけ上のリーチと加速度を伸ばす、カンポ騎士団に伝わるテイシン・カラテ奥義、ハッブル突きだ!
 トライの腕に纏わせたダークエネルギーの陽炎とミネルヴァが咄嗟に凝集させたダークマターがぶつかり、大気粒子が励起され狂ったオーロを生み出した。双方の装甲が赤熱し、融解しかかる。パワーラインからスラスターのように相対論的ジェット放射が噴出し、その反動を利用して瞬間的に二機は距離を置いた。
 同じ騎士団に身を置いたもの同士、お互いの手の内は全て理解している。アルティメット・カブ同士、機体性能もほぼ互角。
 ならば戦いを決めるのは、配達員の練度の差のみ。
 俺は身震いをした。気温が下がっている。周囲の空間から熱量を奪い、二機の機体はどこまでもそのエネルギーボルテージを上げてゆく。撒き散らされた粉塵を核に、サハラに雪が降り始めた。
 キィィィィィィィン――――!
 戦闘駆動により高まり続けた重力エンジンの音がついに可聴域を超え、辺りにふっつりと静寂が訪れた。
 瞬息の間。
 二機は、
 交錯し、
 交錯し、
 交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯した!!
 
一秒間に十二回にも及ぶ切り結び! 繰り出された千の斬撃、千の拳! その全てが、致死!
 重力制御によってミネルヴァが猛禽の如く音も無く宙を滑り、それをトライのダークエネルギー斥力陽炎回し蹴りが迎え撃つ! ミネルヴァは慣性をキャンセル、ピタリとトライの脚部に降り立つとそのままペーパーブレイドを突き立てる。だがそれはトライからすれば自分の脚にミネルヴァを縫い止めたのと同じこと。そのまま蹴りの機動を変化させ、地面に叩きつける!
 ミネルヴァは寸前で脱出。その剣先にはトライの足首が無残にもぎ取られていた。ペーパーブレイドの表面を反物質が洗うと、足首はガンマ線となって四散した。片足となったトライはしかし、その構えに些かも揺るぎがない。凝集した陽炎が仮初の半透明な足首を形成する。
 ミネルヴァの周囲の昏い空間に、突如無数の輝きが生じた。それはプラズマ化した大気を降着円盤として纏う、マイクロブラックホールの群れ! 極小の特異点たちはまるで戯れる蛍のようにミネルヴァの周囲をランダムな動きで飛び回り――全弾がトライに襲いかかった!
 対するトライ! 極端にブーストされた巨大陽炎を集めた拳による地面へのパンチ――テイシン・カラテ奥義、天地無用拳! 重力制御により指向性を与えられた岩盤が、マイクロブラックホールを迎撃する! ブラックホール自体を消し去ることは出来ないが、質量を与えることで推進剤の代わりとなっているホーキング放射の勢いを減ずることが可能なのだ。
 明後日の方向に弾かれたマイクロブラックホールたちは数秒後蒸発して雪舞う空に爆発の花火を咲かせる。
 そしてその時、ミネルヴァは既にトライの背後に立っていた。
 マイクロブラックホールは囮――トライが天地無用拳で迎撃することまで読んだミネルヴァはその土煙に紛れて移動していた――トライがそう気づいた次の瞬間、反物質光走る表面をパージされ、ペーパーブレイドの真の姿――刀身の形をしたホワイトホールが、別宇宙のエネルギーを迸らせながらトライの背中を、貫いた。
 咄嗟に体軸をずらすことで、コックピット貫通死を免れたが代わりに重力エンジンが串刺しとなった。トライの足首の陽炎が明滅して薄れ、ガクンと体勢を崩す。震える腕で身体中の陽炎を集めて背後に叩きつけるも、ミネルヴァはペーパーブレイドを手放して攻撃を躱す。横に突き出したミネルヴァの腕の中に重力制御でホワイトホールソードが収まり、金属製のペーパーブレイドが被さって再び鞘の代わりを果たす。
 トライはよろめきながらもゆっくりと振り返り、それでもなお絶望的な防御の構えを取る。
 ミネルヴァの身体がぶれ、五体に増えた。重力レンズ効果を利用した多重影分身。光の伝達速度の差を利用して、それぞれが独立した別々の構えを取り、どれが本体か悟らせない。
 そして五体が同時に殺到する。
『あああああああああああっ!!!!!』
 ナツキが、吠えた。停止しかかっている重力エンジンのギアを無理やりクロックアップし、身体中至る所から爆発を溶岩のように垂れ流しながら、一体目の上段攻撃をスウェーで避け手刀で斬り裂く。ハズレ。ほぼ同時に左右に展開した二体目と三体目の横薙ぎ斬撃はパワーラインからの自壊を厭わぬ相対論的ジェット噴射でよろめかせ、万歳をするように上げた腕を勢い良く下ろして両サイドに肘鉄を放つ。肘からは更にパイルバンカーが発射され、ダメ押しの追撃。だがこれもハズレ。
 四体目はモノアイカメラに向かって幻惑するような動きの重力乱れ突きを放っていた。例えそれが罠だと分かっていても、どうしても視界を塞ぐ攻撃にトライとナツキの反応は遅れ、
 五体目――本体のミネルヴァが、コックピットを引きずりだした。

 同時に俺達を囲んでいた、反重力場が、消失した。

【続く】

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