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ポスト・ポストカリプスの配達員〈8〉

 ――後に聞いた話である。
 21世紀初頭、国際ヒトゲノム参照配列が決定されたのと時を同じくして、『それ』は発見された。配列決定に用いられた検体全ての遺伝コードに、『それ』は刻まれていた。発見した科学者たちは一様に跪き、ヘルメス神への祈りを捧げたと伝えられている。
 それこそがDNA郵便番号〈DNA Postal Code〉。通称、概念住所。
 全ての人類は、生まれた時からDNAに郵便番号を持っている。
 この事実が判明して以降、郵政省やそれに相当する各国の行政機関は絶大な権力を握ることとなった。窮極の個人情報たる概念住所を用い、お中元や年賀はがきの送り先などの機密情報を追跡出来るようになった郵政省は国家転覆のクーデターを図り――失敗した。聖域なき改革により肥大化した郵政省は解体、民営化の憂き目に遭う。
 だがそこに、皮肉にも郵政民営化により崩れたパワーバランスが切っ掛けで第一次環太平洋限定無制限戦争が勃発。郵政省の強力な情報統制能力と通信能力が求められ、再度官営化された。人々は、郵便局に自らの郵便番号を再び預けることを良しとしてしまったのである。
 基本的に概念住所はユニークだ。郵便番号は64bit長であり、人類が何百億いようと決して被ることはない。だがここに、概念住所を共有する者たちがいる。それが第二次カンポ騎士団の配達員〈ポストリュード〉と、アルティメット・カブ〈プレリュード〉だ。
 人類最後の戦争の、その裏で戦っていた彼らは、兵器としての質を高めるためにありとあらゆる処置を施された。アトセカンド単位での反応を切り詰める為に概念住所の共有は行われた。
 動物実験や人体実験の結果では概念住所共有は思考の混濁、物理的融合、即死等の問題を惹き起こすことがわかっていたが納期が迫っていたため実装は強行され――結果劇的な性能の向上が見られた。
 同じ概念住所を共有する彼らはどれだけ時空を離れていようと常にお互いの呼び出しが可能であり、思考を共有するが混濁はせず、お中元や年賀はがきすら同じ数が届いた。まさに人機一体だ。
 ――配達員かアルティメット・カブの片方が死ねば、もう片方も同じく死ぬという問題は、納期が迫っていたため仕様として実装された。

 ミネルヴァは引きずりだしたコックピットを躊躇なく握り潰した。
「ナ、ツキ……?」
 俺の呟きと同時にミネルヴァは僅かに怪訝そうにその動作を停め、手を開く。重力制御により部品は四散すること無く粘土のように滑らかに六本指の跡がついていた。だがそこに、予想されるような無惨な形状の配達員は見受けられなかった。
 何故なら、ナツキは――意識を失ってはいるものの――俺の腕の中に生きた状態で突然現れたからだ。ありえない――半端に知識を持っているからこそ俺は驚愕した。テレポテーションが実用化されたとはいえ、それはあくまで郵便ポスト同士の間でのことである。
『ヤマト様』
 突然脳裏にトライの声が聞こえた。
「トライ!? お前まだ壊れてないのか!? いやそれよりもナツキがいきなり――」
『およそ十五秒で私の全機能は停止いたします。だから、単刀直入に申し上げます。ナツキを、頼みます』
「いや頼むってどういう、」
 ミネルヴァの青いモノアイが、俺達のほうにひたと向けられる。そして何かしらの攻撃を行おうとした瞬間、その動作をキャンセルし超音速で30メートルほど後ずさった。
 CRAAAACK!!
 全身のパーツを剥離させ、血のようなアーク放電を穴の空いたコックピットから放ちながら、トライがミネルヴァに殴りかかったのだ!
『これから緊急転送を行います。エネルギー不足のため跳躍限界距離はおよそ5000Km。行き先の指定は出来ませんので出来る限り備えてください』
 ミネルヴァの放つ無数のマイクロブラックホールに全身を貫かれようが、トライは俺達への攻撃を全て防ぎ、片腕と片足を喪失し基礎フレームを剥き出しにしつつも、なおも果敢に突撃を繰り返す!
「ん……」
 腕の中でナツキが目覚めた。だが俺はそれに構わずまくし立てる。
「おいトライ、お前も来るんだよな!?」
『ナツキ、貴女の配送機〈プレリュード〉であれたことを誇りに思います。貴女は誰よりも誰よりも誰よりも、素晴らしかった』
「トライ……?」
 ナツキの呟き。
 ミネルヴァのペーパーブレードが、トライの腰を両断した。だが上半身が地面へと落下する寸前、残った片腕でミネルヴァの手首を掴む。
『貴女の人生に後奏曲〈ポストリュード〉はまだ早い』
 振りほどこうとするミネルヴァに対して、トライはしつこく食らいつき、そして胸の重力エンジンが破滅的な輝きを放つ。
『だから、』
 ミネルヴァは腕を自切して距離を取ろうとする。だが、遅い。
『貴女のこれからの門出を、前奏曲〈プレリュード〉として祝いたいと思います』
「トライ、馬鹿な真似はやめ――」
 KA-BOOOOOOOOM!!!!!!!
 配送機、トリスメギストスは自爆した。
 吹き荒れる重力嵐。その時空の揺らぎとエネルギーを利用して、俺達は何処とも知れぬ場所へとテレポテートした。

『……』
 ホワイトホールブレードから漏れ出づる反宇宙のエネルギーでトリスメギストスの自爆を相殺したミネルヴァは、辺り一帯をスキャンする。少なくとも周囲1000kmに反応はない。
 足元に転がったトリスメギストスの残骸を見やる。ミネルヴァの配達員――マエシマ・ヒソカはコックピットの中で眉根を寄せた。
 破裂した重力エンジンの中から、縮退演算装置と重力制御モジュールを抜き取る。〝突破した者達の技術〈ポストヒューマンテクノロジー〉〟によって創造されたそれらは、自爆にも傷一つついていない。
「ナツキ――貴様にもいずれ分かる」
 ヒソカは独りごちた。
 ――ミネルヴァの梟は黄昏に飛ぶ。このポスト・ポストカリプス世界という人類の黄昏に。やがて来たる郵星からの物体に備えるには、まだ力が足りない。
 ミネルヴァは配送機モードを解除し、カブの形に戻ると、青ポストの中へと消えていった。

【続く】

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