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ショートショート「勇気ある決断」

浅瀬に近い海のなかで、2匹の魚が会話をしていた。魚……といっても、むなびれやおびれの骨格はしっかりとしたつくりで、岸にかなり近い浅瀬まで泳ぐことができる。そこからは陸上の、緑の植物をぼんやりと見ることができた。

1匹の魚が言った。
「おい、きみは本当に挑戦するつもりかい?」

もう1匹の魚が陸を見ながら言った。
「ああ。おれは行く。陸に進出するのだ」

「だがあの世界にはまだわからないことが多い。今までおれたちは海から陸をずっと観察してきたが、はたして陸という世界で本当に暮らしていけるのか、はなはだ疑問だ」

「それはわかっている。だが、海はもう限界だ。おれたちが暮らす領域には、敵がずいぶん増えた。おれたち同族は毎日、食料争いに明け暮れている。領域を拡大せねばもはや生きていけない。だから陸に行くのだ。行くしかない」

「きみはチャレンジャーだな。死ぬかもしれないぞ」

「それもいいさ。おれの後に続く誰かがきっと出てくる。そしてそいつらが、きっと必ず新しい世界をつくっていくはずだ。みろ、陸上の葉の上に虫がとまっている。虫がいるということは食料があり、おれたちだって生きていけるはずだ」

「わかった。きみの勇気に敬意を表する。がんばれよ」

「ありがとう」

魚は陸を目ざして、出発した。

・・・

それから4億年後。

銀色の服を着た人間が言った。
「おい、きみは本当に挑戦するつもりかい?」

もう一人の銀色の服を着た人間が、火星を見ながら言った。
「ああ。おれは行く。火星に進出するのだ」

「だがあの世界にはまだわからないことが多い。今までおれたちは地球から火星をずっと観察してきたが、はたして火星という世界で本当に暮らしていけるのか、はなはだ疑問だ」

「それはわかっている。だが、地球はもう限界だ。おれたちが暮らす領域には、自然災害がずいぶん増えた。おれたち人間は毎日、領土争いに明け暮れている。領域を拡大せねばもはや生きていけない。だから火星に行くのだ。行くしかない」

「きみはチャレンジャーだな。死ぬかもしれないぞ」

「それもいいさ。おれの後に続く誰かがきっと出てくる。そしてそいつらが、きっと必ず新しい世界をつくっていくはずだ。みろ、火星には地下に氷がある。氷があるということは水があり、水があれば食料を作ることができる。おれたちだって生きていけるはずだ」

「わかった。きみの勇気に敬意を表する。がんばれよ」

「ありがとう」

人間はロケットに乗り込み、火星を目ざして出発した。


illustration by sato


そして、2XXX年。

虹色の服を着た新人類が言った。
「おい、きみは本当に挑戦するつもりかい?」

もう一人の虹色の服を着た新人類が、ある惑星を見ながら言った。
「ああ。おれは行く。P1α79805に進出するのだ」

「だがあの惑星にはまだわからないことが多い。今までおれたちは太陽系からP1α79805をずっと観察してきたが、はたしてP1α79805という星で本当に暮らしていけるのか、はなはだ疑問だ」

「それはわかっている。だが、太陽系はもう限界だ。おれたちが暮らす領域には、新人類がずいぶん増えた。人数が増えたおかげで毎日、重力装置の修理に明け暮れている。おれたちが地球外で暮らすために開発した重要な装置だが、その装置に必要な鉱物が足りない。鉱物を取得せねばおれたちはほかの惑星で生きていけない。だからP1α79805に行くのだ。あの星には装置を作る鉱物がたくさんあることがわかっている。行くしかない」

「きみはチャレンジャーだな。死ぬかもしれないぞ」

「それもいいさ。おれの後に続く誰かがきっと出てくる。そしてそいつらが、きっと必ず新しい世界をつくっていくはずだ。みろ、あの惑星には地下マグマがある。地下マグマがあるということは目的の鉱物があり、それがあれば装置をたくさん作ることができる。装置を増産できればおれたちだって太陽系外の惑星で生きていけるはずだ」

「わかった。きみの勇気に敬意を表する。がんばれよ」

「ありがとう」

新人類は円盤型移動機に乗り込み、P1α79805を目指して出発した。

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