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「六人の嘘つきな大学生」の感想

本屋大賞にノミネートされたことで話題になっていたこの作品。テレビであらすじが紹介されたときから気になっていて、あまり単行本の小説は買ったことがないのだけど、我慢できずに購入。読み始めたら序盤からトップスピードで面白く、一晩で最後のページまで読み切ってしまった。感想を書きます。ネタバレ注意。


「六人の嘘つきな大学生」は、就職活動の中で、ある企業の最終面接に残った六人の学生の話である。「6人の中から1人を採用する」というルールの最終面接を課せられた大学生たちが、話し合いでその1人を決めることになるのだが、その部屋に置かれていた怪しげな「封筒」を開けると、そこには「○○は殺人犯」である」という文字が書かれていた。そこから6人の過去が徐々に暴かれていくというストーリーだ。

この作品の主題は「ある一面を見せられただけで、その人間の印象は大きく変わってしまう」ところにあるが、そのテーマが「就職活動」という舞台と、とてつもなくシンクロしているところが最高に素晴らしい。ミステリー作品において、読者を欺くトリックは作品の大きな魅力になりえるが、トリックだけが優先され、物語があと付けになってしまう作品も多い。その意味では「そのトリックである必要性」は重要な要素だと思っているのだが、この作品は舞台が「就職活動」でなければならない「必然性」すら感じさせるもので、「就職活動」が本来持っている「一面でのみ人間を評価しなければならない」という要素をとんでもなくうまく活用していると言える。

「六人の嘘つきな大学生」が面白いのは、この「最終面接」が実際に行われている間、面接官が一切作品の中に出てこないということだ。面接官は「カメラによって別室でモニタリングしている」という設定だが、これにより読者は面接官の心理描写等で印象を操作されることはなく、ただこの「最終面接」を見るだけの存在になる。つまり、読者は作中の面接官たちと同じ状況にあり、ある意味では「面接官の採用行為を追体験している」と言える。

そんな追体験の中で、我々は学生たちの「ある一面」を次々と見せられ、その印象を大きく変えられてしまう。しかしながら面白いのは、彼らに対して「印象が変わった」誰かがいるわけではなく、実際に印象を変えているのは我々読者自身であるということだ。過去にいじめによって人を死なせていることが分かると、もはやその人物のことをそのような人間にしか思えなくなるし、過去にキャバクラで働いていたことが分かると、それだけで抱いていたイメージが反転してしまうことを読者自身が「体感」する。それゆえに、物語の終盤でそれが再度「反転」した瞬間に、物語の中のキャラクターだけでなく、読者である自分自身が彼らを疑っていたことに気づく。それがこの作品の大きな魅力の一つだと思う。

この作品はそもそもあらすじが面白そうだった。あらすじを聞いた時点である程度面白そうな展開を予想し、期待して本を購入したが、正直その期待を大きく超えていった。例えば第1章である『就職試験』はあらすじから展開をある程度予想できた。それでもこの章自体も相当面白い話なのだが、さらにそこから物語が展開する第2章の『それから』によって『就職試験』で抱いた「読者の感想そのもの」をひっくり返す展開が正直すごすぎた。そしてそれは「就職活動」という舞台がゆえの説得力があり、また「就職活動」に対する大きな問題提議にもなっている。

正直、この作品については「謎が解けたからよかったよかった」となるだけのミステリー作品ではなかった。自分がこの作品によって「体験させられた」心理的な印象の転換は、ともすれば実生活でも容易に起こり得ることでもあるし、そして「就職活動」という実際に自分が経験してきたこと、そして当時思っていたことの代弁でもあるこの物語に、感情を大きく揺さぶられた。

最初のページから最後のページまで面白かった。謎解きの部分で言えば、USBのパスワードを突破した瞬間には鳥肌が立った。この人の他の作品も読みたくなった。読書熱が再燃するかもしれない。


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