【短編小説】全力で推したい告白
ポン。LINEの通知音が鳴る。
まりか~、テレビ前待機おけ??
親友の美奈子から、番組が始まるアナウンスだった。
え、やば。全然おけじゃない。まだお風呂上りの髪も乾かしてないし、飲み物とアイスも準備してない。慌てて髪の毛をフェイスタオルで拭きながら、冷蔵庫から冷えたソーダとバニラアイスを取り出す。
テレビ前に、待機。美奈子と私は、とある番組配信サービスで3週間前に始まった某疑似恋愛番組にハマっているのだ。
この番組を観始めた理由は単純だった。
私と美奈子が推している、ブレイク前のイケメン俳優が出ると決まったから。たとえ疑似でも推しが恋愛する姿を観たいなんて、変わってると思うかもしれない。
でも、この俳優をデビュー直前から応援している私たちにとっては、たとえ作り物の恋愛でも、彼の人生の幸せも含めて、全力で推したいのだ。
ヒロインの超セレブ美女とデートや食事、会話を重ねて、はや7回目。この番組も今日が最終回。推しのイケメン俳優は、なんとか最後まで残っていて、今日はどうやら美女に告白するシーンがあるらしい。
付き合うのか、付き合わないのか。最後まで見届けたい。
配信時刻になって、バナーから番組をリモコンで選択し、オープニングが流れ始めた。
***
この番組を観続けて、全力で推しの告白を応援している理由はもう一つあった。
推しの告白が成功したら、わたしも自分の恋のゆくえの主導権を握ることに、勇気が出る気がする。
推しの雄姿と幸せのオーラが、私の恋を叶えてくれる。
わたしはたぶん、推しの告白に願掛けをしている。
バンドサークルの2個上の先輩。
ちょっと長くてこげ茶の髪、イケメンではないけれど、笑うと人懐っこくなる表情。
新歓イベントの時、先輩は恥ずかしがりで緊張しいの私が仲間に入れるように、さりげなく気遣ってくれた。
それから目が離せなくて、友達と馬鹿な話をして笑っている姿も、部員にまじめな話をする姿も、重く響くドラムを叩く横顔も、ときどきやり取りするLINEの文面も、全部がなぜだかきらめいていた。
先輩ともっと仲良くなりたくて。先輩の隣で街を歩いたら、景色がどんな風に見えるのか知りたくて。映画とかディズニーランドとか、一緒に楽しいことをして笑い合いたくて。
いつか、先輩に話そう。
そう思っていたけれど、きっかけがつかめないままでいた。そんなときに始まった、推しの疑似恋愛だった。
***
「萌さん、好きだよ。俺と、付き合ってくれませんか」
推しが言う。でも、ヒロインは全く喋らない。カメラの角度的にも表情がほとんど見えない。
嬉しそうなの?戸惑っているの?
どっちなんだろう。この告白は、ダメだったんだろうか。毎回祈るような気持ちで、全力で応援していたのに、やっぱりわたしの気持ちは届かなかったんだろうか。
「……………」「……………」
推しとヒロイン、二人の間に流れる沈黙。
もし、この告白がダメだったとして、わたしは一体どうするんだろう。
わたしの中に育った”これ”を、わたしは捨ててしまえるの?
もうダメだ。テレビ番組にしては長すぎる沈黙が流れた、その瞬間だった。
「いいよ。これから、よろしくね」
全力で応援していた推しの恋は、作り物から本物になった。
ポン。
美奈子からLINEが来る。
まりか!!!!!やば!!!!推しが!!!!
めっちゃ!!!!美人の!!!!彼女!!!
ポン。もう一つ、LINEが来た。
てか、まりかはどうすんの??先輩、告んないの??
そう。推しの恋はひとまず成功した。スタートラインに立った。
上手くいくように祈っていたけど、実際上手くいってみると、それはそれでわたしは二の足を踏みそうになる。
だって、先輩と二度と話せなくなるのが、怖い。
でも、踏み出さないとスタートラインには一生立てない。
美奈子のLINEから、先輩のLINEに切り替える。
先輩、明日って時間ありますか?
送っちゃった。どうしよう。
返事、来なかったらどうしよう。
いきなりLINEして、迷惑がられたらどうしよう。
既読スルーされたら、立ち直れないかもしれない。
ポン。LINEの通知音が鳴る。
空いてるよ、飯でも行く?
「GO!GO!」と急かすモルカーのスタンプとともに送られた、先輩からのLINE。
推しの次は、わたし。
明日の先輩との時間に向けて、準備を始めよう。
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