【短編小説】オーシャンブルーのアイシャドウ
「オレ、メイクしてみたいんだよね」
お弁当を食べ終わった後、BTS好きでつるんでいる私たちは、いつものように推しの画像を3人で眺めていた時だった。突然のショウの発言に、大学受験を目前にして気でも狂ったかと思った。
たしかにショウは、韓流アイドルのように切れ長で一重の目、薄めの唇で鋭い刃物みたいな顔つきだから、メイクはよく似合うかもしれないけれど。
「えっ、突然どうした」
とりあえず、理由を聞いてみる。
「優愛(ゆあ)はさ、女の子だからいいよね。いつでも好きな時にメイクできるじゃん」
「いやまあ…ショウって変身願望でもあるの?」
「ほら、男がメイクしたいって言うとさ、そうやって何か特別な理由を求めるじゃん。そうじゃなくてさ、Vもジョングクも、皆メイクしてて普通にカッコいいじゃん。
俺も憧れの人みたいになりたい、それだけなんだけど。」
ナチュラルに潜んでいた偏見に気づかされて、ショウにちょっと申し訳なくなる。
ショウも私たちと同じで、憧れのアイドルみたいにメイクしたい、そういう気持ちがあるということなのだ。
ずっと黙って聞いていた、みいこが喋りだした。
「うし、じゃ買いに行こ!ショウってVみたいな目してるし、絶対メイク映えると思う。やったげるから、まかせて」
「今から?午後の授業どうすんの?」と私がしぶると、
「今日休んでる人も多いから、私らいなくてもバレないっしょ。たまの息抜きも大事大事!優愛、ショウ、行くよ!」
カバンを引っ提げて、教室を出ていくみいこ。あの子は本当にタフだなあと思う。流されるまま、3人でショウのメイク道具を買いに行くことにした。
千葉の中でも田舎の方に住んでいる私たちには、買いに行くといっても選択肢は限られている。遊びに行くと言ったらここしかない、地元のド定番のショッピングモールをうろつくことにした。
「サボりって気分いいね。現文のいとっちつまんないんだよな。どうせ寝るなら、こっちの方が有意義」
「みいこは強いよね…ショウの家なんかお母さん激こわじゃん、大丈夫だった…?」
「んー、まあ…大丈夫じゃん? 俺もいい加減18になるし、自分がやることは自分で決める」
一瞬見せたショウの表情が見たことのない剣幕で、何かあったのかも、と思う。
「ショウ、こっちおいで。この辺めっちゃピンクピンクしてて居づらいかもだけど、韓国コスメだよ。ラメ入り、シルバーとベージュのシャドウとか似合いそう!」
「コスメはみいこの方が詳しいから、ショウも色々聞いたらいいよ。でもショウなら、青系のシャドウとかも似合いそうじゃん?」
「たっしゅ!青合うかも。何ならこの間の公式チャンネルのRMみたくさ、ショウも青とグレーの間くらいに髪染めてみたら?」
若干ショウを置いてけぼりにしながら、あれよあれよという間にメイク道具が揃えられていく。その時だった。
「あらやだ! あなたたち女の子がお化粧するのかと思ったら、そこの男の子がお化粧するの?」
「え、そうですけど、何か?」
突然話しかけてきた60歳くらいのおばあさんに、私は答える。
「イマドキの性別が違うように感じるって人なのかしら。でも、親御さんもそんなことしたら、悲しむんじゃない?男の子らしくないじゃない」
めちゃくちゃ失礼おばあさんだな…と思った時、みいこがキレた。
「いや、うっせえわ。見ず知らずのおばさんに言われる筋合いなくない? BTSって男性アイドル知らないの? みんな男の人だけど、メイクしてめっちゃカッコいいよ?
大体、その男らしさって何なの? 強く、たくましく、モーレツに働け!ってやつ? その挙句、子どもの好きなものも知れないで、いつの間にか大人になって家出てっちゃって、老後は寂しく暮らすんでしょ? それって超ダサくない?」
キレたみいこは、いつも疑問形でまくしたてる。これは、完全にキレている。そりゃそうだ、大切な友だちに、いちゃもんつけられたのだから。
「あなた、失礼な子ね!そんなに口が達者な女の子、お嫁にいけないんじゃないかしら。」
「いや、突然話しかけてきて、男らしくないだの、お嫁に行けないだの言う方が失礼だと思います。私たち、もう買い物済ませるんで。失礼しますね、さよなら。」
私が口をはさみ、論争を強制終了した。
「ショウ、気にすることないよ。私たちはメイクしているショウを見てみたいし、絶対カッコいいと思うから」
無表情のショウに、私は声をかける。けれど、メイク道具の会計を終えて、人気のない外の広場でメイクを始めるまで、彼は一言もしゃべらなかった。
メイクが得意なみいこが、ショウの顔にファンデーションを塗っている。素肌の色を活かしながら、薄くつけられたファンデーション。少しずつショウの顔が整えられていく。
「オレさ、母親から、東京の有名大学行けって言われてんだ」
ショウの母親は厳しい教育ママだから、言いそうなことだと思う。
「でもさ、東京の大学でやりたいことがないんだよ。」
「ほう、それで?」 みいこが返す。
「オレ、本当は韓国に行きたい。韓国でダンスも歌も挑戦してみたい」
「ショウ…ずっと、そう思ってたの?」 私が聞く。
ショウが頷く。
「俺は、俺の一度きりの人生を、なりたい自分になって生きていきたい。成績とか、性別とか、見た目で判断されるのは、もううんざりなんだ。」
みいこの手で重ねられるオーシャンブルーのアイシャドウ、少し茶色みがかったアイライン、淡いピンクのリップ。ショウの顔にメイクが施されるたび、ショウの言葉が生まれだす。
「親とかを見ているとさ、気持ちを隠して男らしくしていたら、今度は大人らしく、夫らしく、親らしくって、どんどん追加されていくんだよ。それでいつか、本当の俺の気持ちが分からなくなるんだ。それって怖い。俺はそうなる前に、この国から出て、自分の人生を生きてみたい」
ショウの言いたいことは、痛いほど分かる。だって私たち女子も、同じだから。
仕上げのパウダーをはたいて、ショウのメイクが完成した。私もみいこも、ショウをまっすぐ見つめる。どこからどうみても、カッコいい。メイクをしているショウも、BTSが大好きな、私たちの大切な友だち。
「ショウ、私たちは応援してるよ。そんな風に人生を本気で考えている人に初めて出会って、ちょっと感動してる」
「優愛の言う通り、何があっても味方だから。できることは少ないかもしれないけど、気軽に相談してよね。一緒に考えよ」
ちょっと泣きそうになる、ショウ。細めたまぶたに塗られたオーシャンブルーのアイシャドウがキラリと光って、ショウの姿がいつもよりも輝いて見えた。
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