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【連載小説】満開の春が来る前に p.4

新聞配達のバイト君が奮闘するミステリー小説です。

「満開の春が来る前に」p.1は【こちらから

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「何かって程じゃないんですけど、時々新聞を待ってる女の人がいたんです。それも結構若い人で」

 やはり澤平も知っていたのだ。しかし時々というのはおかしい。

「毎日ではなかった?」

「はい、一週間だけだから分からないけど、俺が会ったのは最初と最後の二日間だけで、その間はいませんでしたよ」

 先ほどの慌てた様子はすっかり影をひそめて、澤平は少し不思議そうに言う。

最初と最後の二日間。つまりは月曜日と日曜日だけということになる。

いなかったのはたった五日間のことだから、風邪をひいて寝込んでいたとか、たまたま違う用事があったとも考えられる。

しかしどうにも腑に落ちない。

「他に何か変わったことはなかった?」

「特に何も……。会ったっていっても、話をしたのは最初の日だけでしたし。それも配達の人が変わったんですねって言われただけです」

 あまりにも当たり前の会話で聞き流しそうになったが、俺は慌てて流れていきそうになる言葉をせき止めた。

 配達員が俺に変わった時、彼女は何も言わなかった。何も気にする様子なく、渡された新聞を受け取っていた。入れ替わりが早かったから、単に言わなかっただけなのだろうか。

「やっぱり岩瀬さんもあったんですか? あの人」

「うん、会ったよ」

「そうなんですか。気になっちゃいますよねぇ。なんか寂しそうだったし」

「寂しそう?」

 それは俺にはない発見だった。せいぜいあんなに立派に咲いている桜の木を、どうして見上げないのだろうと思うくらいのものだった。

「雰囲気っていうか、どことなく寂しそうだなって思ったんですよね。だからかな、今さらだけど気になったんです」

 僕が勝手にそう思っただけかもしれないけど、そう付け加えてから彼は取り出した小銭でコーヒーを買った。

 ますます分からなくなってきてしまった。俺はぬるくなったコーヒーを飲み干し、深いため息をついた。

 

「おはようございます、小山内さん」

「おはよう、岩瀬君」

 いつも通りの時間に事務所へ到着すると、やはり小山内さんが一足先に作業をはじめていた。本当に頭が下がる。

「どう? 新しい地区の配達には慣れた?」

「はい、なんとか」

 俺があいまいな笑みを浮かべると、小山内さんはすぐにそれに気が付き心配そうに首をかしげる。

「岩瀬君、何かあったみたいだねぇ」

「……鋭いですね、小山内さんは」

 ずっと引っかかったままの問題に加えて、またもや厚い雲がやってきて激しい雨を降らせていた。余計に気分が憂鬱になる。

そういえば、太一さんは雨の日の仕事が好きだったなと、ふと思い出した。雨の日に憂鬱そうな顔をしているのを見たことがない。

タオルを用意しているときもあった。天候に気分を左右されないのはすごいことだなと思った覚えがある。

「まぁ、君たちよりも長く生きてるからね。年寄りの勘だよ」

 小山内さんは穏やかな口調でそういった。

 長く生きていたって、誰もがそんな風に年をとれるわけじゃない。

俺のような学生にでも、説教をするでもなく子ども扱いするでもなく接してくれる。そんな小山内さんを俺は密かに尊敬している。

 だからこそ、話してみようという気になったのかもしれない。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「構わないよ、僕に答えられることならね」

 直接この話を小山内さんにするのは太一さんのこともあってためらわれたので、遠まわしな質問をしてみる。

「毎日わざわざ外で新聞を待ってる人って、たとえばどんな人だと思いますか」

「毎日?」

「はい、毎日です」

 俺の質問に、小山内さんは相変わらず作業をする手を休めずに考えているようだった。うーんとうなりながらしきりに首をかしげてみたりすある。



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