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あたたかなサッカー観戦の終わりかた。(5/5)

人物紹介です

たかやまさん

金髪スレンダーの麗しい女の子。スポーツは球技全般好き。野球ではスワローズを長年応援している。食欲旺盛で、スポーツ観戦中はずっとなにかしら食べたり飲んだりしている。

ささづかまとめちゃん

幼い頃にヴァンフォーレ甲府に所属していたハーフナー・マイク選手を好きになり、それからヴァンフォーレのファンになった。わたしです。


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本文です

冷静チアガール

メルボルン・シティに逆転されてから、わたしたちは試合に集中するようになった。スタジアム内の他の観客も同じらしく、ヴァンフォーレの選手がボールを奪ったり、ドリブルで仕掛けたりすると大きな歓声が上がる。しかし試合は互いに決定機がないまま時間が過ぎていく。

ヴァンフォーレもメルボルン・シティも選手を交代する。後半39分にはDFの三浦颯太選手に代わって同じくDFの小林岩魚選手が入る。スタジアムDJが選手の名前をコールする。

たかやまさん
「ねえ今『こばやしいわな』って言った」

ささづかまとめ
「言いましたねえ」

たかやまさん
「いわなって、あのイワナ?」

ささづかまとめ
「漢字表記は岩に魚ですね」

たかやまさん
「いわなくんも応援したくなるいい名前」

すると後ろの大宮アルディージャのサポーターの中に詳しい人がいて「お父さんが釣り好きでつけた名前なんだよ」などと友人たちに説明しているのが耳に入った。そうなんだ。まあ、それくらいしか理由がなさそうだが。

その直後の後半40分に再び試合が動く。途中出場のクリスティアーノ選手が味方からボールを受けると前進しながら右サイドに開く。ライン際からゴール前にクロスボールを供給する。ボールはこちらも途中出場の宮崎純真選手に合い、シュートというよりも頭か首か肩のあたりに当たった感じのボールがバウンドしながらそのままゴールへ吸い込まれる。地鳴りのような歓声が上がる。ヨーロッパのサッカー中継で観た雰囲気。バックスタンドでも立ち上がって拍手を送っている人がたくさんいる。これで3-3。ヴァンフォーレがまた追いついた。

たかやまさん
「これで引き分けられるね」

ささづかまとめ
「この勢いならもう1点獲れますって!」

たかやまさん
「そうかな」

たかやまさんは冷静だった。
まるで試合結果を知っているみたいな言いかたをする。

ささづかまとめ
「せっかく観に来てるんですから応援してくださいよ〜」

たかやまさん
「応援はしてる。でも勝つのは厳しい」

本当に悔しそうに言うので、それ以上なにも言えなかった。


自動足元ビールかけ装置

その後は長谷川元希選手のヘディングシュートが左のサイドネットの外側に当たったのが、わたしたちのいるバックスタンドからはゴールに見えて盛り上がったりしたものの、結局ゴールは生まれず、3-3で試合は終わった。試合後、わたしたちは座席に座ったままぼんやりとピッチを眺めていた。

試合終了直後のスタジアム

たかやまさん
「私、引き分けって苦手だな。勝ちたいよ」

ささづかまとめ
「メルボルン・シティも強かったですからね」

たかやまさん
「引き分けって考えかた、ぜんぜん慣れない」

ささづかまとめ
「慣れない、ですか?」

たかやまさん
「慣れない。ゲームじゃなかったら必ずどちらかが勝ってどちらかが負けるから。現実には引き分けがないから」

たかやまさんは妙に真剣なトーンで話す。少し気圧される。

ささづかまとめ
「でもサッカーに引き分けがなかったら大変ですよ」

たかやまさん
「じゃあもっとたくさん点が入ればいいのかな。ポストに当たったら2点とか」

たかやまさんはわたしたちの正面にあるゴールを見つめて言った。

ささづかまとめ
「なんか変な競技になってません?」

たかやまさん
「じゃあペナルティエリア外から打ったシュートで得点したら3点とか?」

ささづかまとめ
普通のゴールが2点でPKが1点になりそうですね」

たかやまさん
「そうそう。あとはイエローカードをもらわない程度に上手にファウルしてプレーを止めたら『技あり』とか」

ささづかまとめ
2回やったら勝っちゃうやつじゃないですか?」

たかやまさん
「あとはね…、うーんじゃあ、自動で動き回る金色の小さいボールをつかんだら150点とかにする?」

ささづかまとめ
ホウキがいるやつですね」

たかやまさん
「でもこの中だと一番サッカーに近いよ。私はやったことないからよく知らないけど」

たかやまさんがそう言ったときに前の座席に座っていたお客さんが帰宅しようと立ち上がった。その座席が跳ね上がった衝撃でドリンクホルダーにある少しだけ残っていたビールがこぼれて、たかやまさんのスニーカーがもろにビールをかぶった。

ささづかまとめ
「あーあー、これは家に帰ったら洗わないとですね。足濡れてません?」

たかやまさん
「大丈夫」

ささづかまとめ
「しかしどういう構造になってるんですかこのイス」

たかやまさん
「縁起よくていい」

え? とわたしが顔を上げるとたかやまさんはにこりとした。

たかやまさん
足にビールかけ。縁起いい。次こそ勝てそう」

ささづかまとめ
「ポジティブすぎます」

たかやまさん
「うん。たまには人間らしいことも言おうかなって」

わたしはバッグからポケットティッシュを出して、たかやまさんのスニーカーに押し当ててビールを吸いとる。たかやまさんの言葉を頭の中で反芻して、なるほど、と思った。たかやまさんを見上げると、ふふん、と得意げな顔をしている。

たかやまさん
「さーさちゃん、もうスニーカーは大丈夫。さあ帰ろう」

試合終了後、スタンドに詰めかけたファンに挨拶するヴァンフォーレの選手たち

山梨県人会霞ヶ丘会場?

たかやまさん
「山梨の人たちが都心にこんなに集まってるの、なんか不思議」

ヴァンフォーレのファンたちに囲まれながら千駄ケ谷の駅に向かって歩いていると、たかやまさんがなぜかうれしそうに言った。

ささづかまとめ
「山梨の人の何%くらいなんでしょうね?」

たかやまさん
「せっかく集まってるんだから会議とかすればいい」

ささづかまとめ
「直接民主制みたいな?」

たかやまさん
「そう。桃はかたいのが好き? やわらかいのが好き? とか」

ささづかまとめ
「おー、それ分かれそう!」

たかやまさん
「さーさちゃんはどっちが好き?」

ささづかまとめ
「わたしはかたい桃のほうが好きですね、さっぱりしてて」

たかやまさん
「そうなんだ」

たかやまさんは少し悲しそうな顔をした。
わたしたち、どうやらわかり合えないみたいです。

たかやまさん
「いろんな議題に賛成か反対か、赤と白のうちわを掲げる。それをどっかの大学の野鳥サークルの人がピッチにいて数える」

ささづかまとめ
「昔の紅白って最後そういうのありましたよね」

たかやまさん
「今はあれやらないの?」

ささづかまとめ
「未だにうちわ数えてるんですかね」

たかやまさん
「知らない」

ささづかまとめ
「ああ、いちがやさんがいればわかるのにな〜」

たかやまさん
「そういえばここ何年も紅白歌合戦観てない。Aqoursが出たときは観たけど」

ささづかまとめ
「あれ以来観てないような気がします」

たかやまさん
「いつだったっけ。2017年くらいかな」

ささづかまとめ
「映画のプロモーションを兼ねてだったと思います」

たかやまさん
「じゃあもう少し後だ」

ささづかまとめ
「今年は観ましょうか、紅白」

たかやまさん
「いや、大晦日はWBCの番組あるから」

ささづかまとめ
「WBCって、野球の?」

たかやまさん
「うん。山田哲人のインタビューあるかもしれないし」

ささづかまとめ
「そうなると今年も紅白は観ないんですね?」

たかやまさん
「いちがやさんが要約して話してくれるからいい」

ささづかまとめ
「あー、確かに毎年話してくれますよね」

たかやまさん
「紅白大好きいちがやさん」

ささづかまとめ
「そもそもあらゆる音楽が好きなんですよね」

たかやまさん
「そう。そして私たちは野球が好き。だからWBC観よう」

ささづかまとめ
「ですね、そうしましょう」

千駄ケ谷駅前で信号待ち

近いようで遠く、同じようで違う

千駄ケ谷駅の新宿方面のホームは混雑している。千葉方面はほとんど人がいない。

ささづかまとめ
「やっぱり山梨方面が混むんですね」

たかやまさん
「みんな特急で帰るの?」

ささづかまとめ
「ここにいる人たちはそうかもしれませんね」

たかやまさん
「いいな山梨。私も山梨に帰りたい」

ささづかまとめ
「いざ山梨が地元ってなったら東京から帰るの嫌になりますよ」

たかやまさん
「そうなんだ」

ささづかまとめ
「わたしはそうでした。東京に遊びに行った帰りは寂しかったです」

たかやまさん
「今、逆はどう? 山梨から帰ってくるときは?」

ささづかまとめ
「んー、あんまりなにも思わないですね。笹塚なかなか着かないなって思うくらいで」

たかやまさん
「東京が合ってるんだ」

ささづかまとめ
「たかやまさんもいちがやさんもいますから」

たかやまさん
「そっか」

人の多い千駄ヶ谷駅のホームを晩秋の風が吹き抜ける。でも、ごった返しているせいか、足元をすり抜けていく風はそこまで冷たくなかった。

(おわり)


後日行われたノックアウトステージ蔚山戦の記事はこちら↓

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