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Welcome to the Shinkansen.

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予約してある席は最後尾車両の16号車。進行方向右側の2人席。
わたしは窓側の席、その後ろにいちがやさん、そのとなりにたかやまさん。

本当は進行方向左の3人席で横並びに座ればいいのだが、わたしは車窓から富士山が見たい。それに右側の窓のほうが太陽の光が入りにくい。

鉄道ファンというのは少しでも景色が見られて快適な座席を求めるものだ。列車に乗れればそれで満足というわけではないのが鉄道ファンの面倒くさいところだ。

しかし車内は外国人が多い。わたしの前には欧米から来たであろう若いカップルが楽しそうにしている。
そしてその前にも、いちがやさんとたかやまさんの後ろにも外国人観光客の団体が陣取っている。

明らかに日本人の方が少ない。やはり東京と大阪を移動する外国人観光客というのは多いのだなあと思う。

たかやまさん
「さーさちゃん」

頭上からたかやまさんの声がする。
振り返ると、白いビニール袋に包まれたお弁当を手にしている。

ささづかまとめ
「わたしのぶんですか」

たかやまさん
「うん。貝づくし

ささづかまとめ
「貝づくし?」

たかやまさん
「『』じゃ売ってないお弁当」

ささづかまとめ
「そうなんですか、ありがとうございます。いただきます」

たかやまさん
「ん」

「祭」というのは東京駅の改札内にある一番大きな駅弁の店のことだ。東北や新潟方面に行くときはだいたいいつもそこで買っている。
そこでは買えない、東海道新幹線ならではのお弁当を、普段東海道新幹線に乗る機会が少ないわたしのために買ってくれたのだ。たかやまさん優しい。

いちがやさん
「あれ?」

後ろに座っているいちがやさんが驚いた声を出した。

いちがやさん
「これ、行き先が名古屋になってるよ!?」

たかやまさん
「うん、名古屋で下りる」

後ろを振り向いて座席の上から顔を出すと、いちがやさんが自動改札から出てきた乗車票を眺めていた。

ささづかまとめ
「名古屋で下りて、近鉄に乗り換えて大阪に行くんです

わたしが説明すると、いちがやさんは表情を緩めた。

いちがやさん
いつものやつだ。乗りたいんだね」

ささづかまとめ
「はい、乗りたいんです」

これまでも目的の列車に乗るために遠回りすることはあった。
理解が早くてありがたい。

たかやまさん
「ついでに名古屋駅できしめんも食べよう」

いちがやさん
「わー、久々に食べるなあ、きしめん」

たかやまさん
麺2倍にして、あとは牛肉にするか、みそ味にするか悩む」

いちがやさん
お弁当食べて、きしめんの麺2倍食べて、すごいなあ」

たかやまさん
山登りするから。山に行くときはちゃんと食べないと」

いちがやさん
「えっと、ロープウェイなんだよね?」

ささづかまとめ
「そうです。御在所ロープウエイに乗ります」

いちがやさん
「ございしょだけ?」

ささづかまとめ
「御在所岳っていう、三重と滋賀の間の山ですね。近鉄電車とバスとロープウェイとリフトを乗り継ぐと、ほとんど歩かず頂上まで行けるんです

いちがやさん
乗り物ファン大満足コースだね〜」

たかやまさん
「でも、きしめんの麺2倍、食べたい」

いちがやさん
「別に止めたりしないって」

たかやまさん
「すごく楽しみ」

いちがやさん
「きしめんが?」

たかやまさん
「うん!」

楽しみだらけのたかやまさんが満面の笑みで答えた瞬間に、列車は動き出した。


左下の白い屋根の建物は高輪ゲートウェイ駅。駅前の開発が進む

列車は都心をゆったりと走っていく。山手線の列車と並走する。
品川ではほとんど乗車がない。品川を出ると建物の高さが低くなって、その向こうに富士山が見える。新幹線の高架の下を通っている横須賀線には乗ったことがあるが、高架になるだけでこんなに見通せるとは。

多摩川を渡り、神奈川県に入ったところで、駅弁を開けて食べることにする。

『品川貝づくし』(JR東海パッセンジャーズ)

たかやまさんが買ってくれた「貝づくし」は味のしみた貝をおかずにごはんがすすみ、薄味の副菜もおいしいお弁当だった。深川めしを豪華にしたような感じだった。

新横浜で日本人の乗客がたくさん乗ってきて、座席は半分以上埋まった。
意外にずっと見えている富士山を眺めながら駅弁を食べ終えると、

車内アナウンス
「現在空いているお席はこの後小田原駅からご乗車のお客様が着席されます。お荷物等を座席の上に置かないよう……」

不穏なアナウンスが流れる。
そんなに混むのか、と思って身構えたが、そこまでの乗車はなかった。最後尾車両ということもあるのだろう。

小田原ではついでにしっかりとのぞみに抜かれる。
このひかりは、次は豊橋まで停車しない。ちょっと落ち着く。

小田原を出発してそっと後ろの席の様子をうかがうと、いちがやさんはイヤホンで音楽を聴きながら目を閉じているようだ。
たかやまさんはなぜか少し緊張した様子で前方をじっと見つめていた。肩や腕に力が入っているのがわかる。
どうしたんだろう、と思ったが、すぐにピンときた。

たかやまさんは車内販売を待っているのだ。全力で。


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