民主主義の現在 アジアのネット世論操作の現状 インド編 Social Media, Disinformation and Democracy in Asia: Country Cases

Social Media, Disinformation and Democracy in Asia: Country Cases(Asia Democracy Research Network=ADRN、2020年10月)http://www.adrnresearch.org/publications/list.php?at=view&idx=118

Asia Democracy Research Network(ADRN)がまとめた報告書でアジア14カ国におけるネット世論操作のケースタスディがまとめられている。取り上げられている国は、日本、モンゴル、韓国、台湾、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、タイ、バングラデシュ、インド、ネパール、パキスタン、スリランカである。全体で300ページの大作だ。
日本(https://note.com/ichi_twnovel/n/n74ff650210ab)モンゴル(https://note.com/ichi_twnovel/n/n55e4b64abbbe)韓国(https://note.com/ichi_twnovel/n/n539621bcdaa1)台湾(https://note.com/ichi_twnovel/n/n185098fba301)インドネシア(https://note.com/ichi_twnovel/n/n7fb2cc3298b0)の事例研究についてはすでにご紹介した。今回はインドである。

インドはアメリカ、インドネシアとならぶ世界3大民主主義国家のひとつである(主として人口の多さ)。複数の民族と言語、宗教がいりまじっている。近年の経済や技術の発展にくわえてインド太平洋構想やD10、RCEP(結局参加しなかったが)など地政学的な重要度が高まり、注目されている。
The Atlantic誌によると(Misinformation Is Endangering India’s Election、The Atlantic、2019年4月1日、https://www.theatlantic.com/international/archive/2019/04/india-misinformation-election-fake-news/586123/)インドのネット世論操作はすでに組織としても確立されている。与党であるインド人民党はWhatsApp をプロパガンダ拡散ツールとして活用しており、インド人民党(BJP)の情報技術部長Amit Malviyaが管理する「BJP Cyber Army 400+」などのグループがある。
インド人民党の選挙戦略の中心はヒンズー教とイスラム教の対立を煽ることである。有権者の80%がヒンズー教徒である以上、そこを強固な基盤とするためにはこの対立図式が有効なのだ。他の政党が類似の戦略をとってもBJPの巨大なSNSの力にはかなわない。
BJPのネット上の選挙キャンペーンには120万人のボランティアが参加する。ウッタル・プラデーシュ州に拠点がある同党のIT部門は、組織は6つの階層に分けられ、首都から地方都市までをカバーしている。最終層では投票者に直接働きかける。
また同党はNaMoというネット世論操作専用のアプリを開発しており、少なくとも2つの州ではプリインストールされた安価なアンドロイド端末が配布されている。記事によれば1000万人以上がインストールしているという。
こうした状況に対し、フェイスブック社は組織的かつ不審な活動を行っていたインドのアカウントやページを削除した(Removing Coordinated Inauthentic Behavior and Spam From India and Pakistan、facebook Newsroom、2019年4月1日、https://newsroom.fb.com/news/2019/04/cib-and-spam-from-india-pakistan/)。具体的には野党インド国民会議(INC)の「IT Cell」に関係する687のフェイスブックページとアカウントを削除、インドのIT企業Silver Touchに関係している15のフェイスブックページとグループとアカウントを削除、321のフェイスブックページとアカウントを規約違反で削除した。
フェイスブックとWhatsAppでのネット世論操作を調査したレポート(News and Information over Facebook and WhatsApp during the Indian Election Campaign、2019年5月13日、Vidya Narayanan, Bence Kollanyi, Ruchi Hajela, Ankita Barthwal, Nahema Marchal, Philip N. Howard.、Oxford, UK: Project on Computational Propaganda. comprop.oii.ox.ac.uk、https://comprop.oii.ox.ac.uk/research/india-election-memo/)によると、インドではSNSが政治ニュースや情報の主な情報源になっており、BJPからシェアされたコンテンツの25%以上、INCからのシェアの20%がジャンクニュースだった。それ以外の政党発信の情報のジャンクニュースの比率はごくわずかだった。多くは対立を激化するような陰謀論や過激な論調のものだった。画像も利用されており、外部のサイトにリンクしているものもあった。全体として、多数のフェイクニュースや極論にあふれており、ネット世論操作の状況は過去最悪としている(2016年のアメリカ大統領選を除く)。
以下、レポートの紹介(ここまでは筆者の情報)。

・最近10年でインドの政治は大きく変化した
インドでは急速にスマホが普及し、現在は世界第2位の普及率となっている。人口の半分がインターネットを利用でき、3分の1がSNSを利用している。人口が多いため、世界的に見ると多数のインターネット利用者とSNS利用者を抱えていることになるが、人口比率で言うとまだ普及率は低く、デジタルリテラシーも低い
2014年の選挙で政治関係者はSNSがゲームチェンジャーであることに気がついた(筆者注、WhatsApp選挙とも呼ばれた)。国内のカースト、民族、言語、宗教のマイノリティがSNSを利用することで影響力を拡大した。その結果、政治は盛り上がり、混沌とし、分極化が進んだ。政治に関する調査のほとんどもツイッターのデータを元にしている。
このレポートでは前回の選挙の翌年である2015年から次の選挙の2019年までを分析している。

・ツイッターは政治関連の議論で重要な役割を果たしている
このレポートではツイッターを中心に分析を進めている。インドではフェイスブックやYouTubeなどに比べてツイッターの利用は少ない。それにもかかわらず政治場面での影響力は大きく、選挙のキャンペーンで標準に利用される。
テレビなどの既存媒体が話題を選ぶ際に参考にしているという。

・インドのインターネットエコシステム
インドのインターネット利用者は中国に次いで世界2位、4億5,100万人。利用者の多くはスマホでネットにアクセスしている。2014年の段階ではSNSを利用した政党はひとつだけだったが、現在はどの政党も利用している。
インドではプロバイダに関する法規制は存在するが、それ以外のサービスは管轄外のため、フェイクニュース、ボット、トロールの監督はサービス提供社(つまりフェイスブックやツイッターなど)にゆだねられている。
首相であるナレンドラ・モディは、自身のアカウント(@narendramodi)のフォロワーが500万人を超えたことを公表した(筆者が2021年1月に確認した時には6,500万人弱になっていた!)。モディは一般国民、BJP(政権与党、モディの所属する政党)の一般メンバーなどとコミュニケーションを取っていた。モディの政党の外でのキャンペーンはアメリカの広告代理店Ogilvy&Matherに外注されていた。
選挙後もモディは既存のメディアと接触しなかったが、既存メディアはモディのツイートを報じるようになった。
やがてBJP以外の政党もSNSに注力するようになると、BJPの影響力は下がっていった。INC党のRahul Gandhi(@RahulGandhi)は1,700万人、全インド草の根会議(AITC)のMamata Banerjee(@MamataOfficial)は500万人のフォロワーを抱えている。
SNSの多数派は上位カーストが支配しているものの、インドの下位カーストであるDalitなどは経済や教育などの不平等な扱いを受けており、BSP党のリーダーはあえてSNSでヒンディー語を使用して注目を集めていたり、表現と言論の自由を訴えるKanhaiya Kumarに200万人を超えるフォロワーが集まるなど若者の支持を集めている。

とはいえSNSの利用者数は多いが、まだ国民の3分の1の普及率であるため、地域による利用の偏りも大きい。インドの東部(アッサム、西ベンガル、オリッサ、ジャールカンド、ビハール、およびその他の北東部)は、南部や北部や西部と比較してソーシャルメディアの普及が遅れている。また地方によって政党の勢力も変わる。
レポートはここでハッシュタグを用いた詳細な傾向分析を行っている。ハッシュタグは国民の反応を知る有効なツールであり、2014年のインタビューでBJPのSNS責任者は、online sentimentを分析していることを認めている。BJPのITセル(IT専門部隊)は24時間態勢でSNS上の感情をマッピング、分析し、キャンペーンに生かしている。これは国民の声が届きやすいという面と、利用されるという面の両方がある。

・既存メディアとSNSの融合
インドでは既存のメディアがSNSを利用している。たとえばODD-EVEN SCHEMEという交通規制についてツイッターでハッシュタグ#oddevenをつけてつぶやき、その反応を記事にしたりしている。ただし、これにはSNSの持つ偏りが既存メディアにも波及する危険もはらんでいる

・インド選挙管理委員会(ECI)
ECIは憲法で規定された選挙管理組織である。フェイスブック、ツイッター、インスタグラムの3つに重要な通知を掲載している。
非営利団体 IAMAI(Internet and Mobile Association of India )はSNSの自主規制ルールを提示し、ECIとSNS企業の間にたつ役割をしている。
ECIはSNS時代にまだ完全に対応してきれてはおらず、一部で批判もある。

・インド政府の動き
増加するフェイクニュース対策のためにインド政府はFACT(Find, Assess, Create, Target)を設置した。コンテンツに関わる企業には自主規制を行う義務が課せられている。インドのAlt News、SMHoaxSlayer、BOOMなどのファクトチェックWebサイトはフェイスブックなどのSNS企業と提携している。India TodayGroupやTimesof Indiaなどのメディアハウスには、独自のファクトチェックWebサイトを持っている。
インドの議会ではインターネットガバナンスが重要な議題になっている。
インド政府はインターネットのビッグデータを利用しようとする意図があるように見える。インドはロシア、トルコと並んでSNS企業に最も多くの削除リクエストを送っている国のひとつだった。


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