見出し画像

中国の認知戦をどう解釈すべきか

なぜか中国の認知戦について、具体的なことが書かれている資料があまりなかったので、中国军网、中国軍事科学院(AMS)、アメリカ海軍分析センターなどの資料プラスアルファを整理してみました。後半はあくまでひとつの可能性と思って読んでください。出典などを整理したメモを別記事でアップしました。中国の認知戦がどういうものかを知りたい場合にはメモのほうがよいと思います。また、日本で見られる知戦についての勘違いについてはこちらの記事。中国の言う認知戦は軍事的優位に立っている国が行うものという前提があるんですけど、すっぽりそれが忘れられている。もちろん核兵器は必須。

●全体像

「認知領域作戦(认知领域作战)」(CDO=Cognitive Domain Operations)を中国は確立しているというのがペンタゴンの理解。戦争は情報技術からAIを利用した知能化戦争へと変わりつつあり、その焦点は認知領域というのが中国の研究者の認識である。認知領域の戦いとは、「人間の意志、信念、思考、心理などに働きかけ、相手の認知を変化 させ、その判断や行動に影響を与える」戦いである。その根底にあるのは、戦場で勝利しても戦争の勝利になるとは限らないという、過去にアメリカがベトナム、イラク、アフガニスタンで犯した過ちからの教訓だ。軍事的勝利と政治的勝利をともに達成するためには、相手の戦う意志をくじく認知戦での勝利が必要になる。

戦時、平時を問わずに軍事領域を超えて、政治、経済、外交などの分野でもさまざまなセクターと協調して実施する戦いとなる。そこには時間、領域、ドメイン、職種などの区別なく全てを協調させ利用することになる。政治的崩壊、経済制裁、外交攻勢、軍事作戦の効果を増幅し、敵の国民に全分野で圧力をかける。

戦いには正当性が必要であり、ナラティブを通して自らの正当性を訴えることで世論の支持を得る。ナラティブは先制が重要であり、先んじて広く共有されるナラティブを共有する。そしてナラティブによって戦いの意味や性質を定義し、その倫理的、論理的判断も自国に都合のよいように仕向けることができる。これらを同盟国で共有することで強化する。

情報が攻撃と防御のための「弾薬」となる。SNSプラットフォームは認知戦の主戦場であり、その効果的な利用が重要となる。
また、SNSプラットフォームに限らず、インターネットを等して人間の生活のあらゆるデータをネット経由で入手する。こうしたデータの生成、識別、取得、発信、フィードバックの主導権を握ることで認知領域の優位性を勝ち取とる
これらの莫大なデータから得られるアルゴリズムが敵の感情、意志 、思考、信念に混乱、誤解、変化を誘発し、認知システムを制御し影響を及ぼす。同時に、人間関係を利用して感情的に行動を支配することも可能となる。

軍事行動は認知形成の重要な基盤である。認知戦は軍事行動と連携し、支え合う必要がある。軍事行動なしに認知戦のみでの勝利はない

より直接的に軍人を攻撃することや、脳を戦闘対象とすることが想定されている。

●さしせまった脅威=具体的な活動

さらに中国のデータ収集状況や最近の動きを加味すると下記のようになる。

・中国は莫大なデータをリアルタイムで世界中から入手する仕組みを確立しつつある。くわしくはこちら(https://note.com/ichi_twnovel/n/n968ce23c47b0)
特にアメリカは中国からのデータ収集に対して脆弱であることがわかっている。

具体的には製品・サービス経由、アメリカ企業への出資や買収、中国国内市場へのアクセスと引き換えといった3つの方法を用いている。WeChatやTikTokなどのSNSはもちろんスマホアプリからデータが中国当局に流れている。ハイアールの家電やヘルスメーターやドローンと連動するアプリからスマホのデータも含めて持っていかれている。中国製の安価なヘルスメーターを購入してスマホで体重や体脂肪率を確認すればデータがどっと中国当局に流れることになる。コロナの検査のBGIは世界で3,500万人の検査を行い、付帯する個人情報を収集した。
アメリカ企業などの出資や買収も進んでおり、フォートナイトのEpic Gameへの出資やハイアールのGE Appliaianceの買収、日本ではNECや富士通のパソコン部門を買収した。そこから利用者のデータが吸い上げられている。中国国内の市場に進出したテスラやAmazon、ウォルマートなどから中国当局にデータが流れる。
中国はすでに世界各国の詳細な個人情報、行動情報をかなり把握しており、これらをAIを用いて、認知戦のためにカテゴリ分けし、最適な攻撃方法でアプローチできる(すでにしている可能性も否定できない)状態にある。カテゴリ分けとは、軍および政府関係者、メディアなど認知戦の攻撃内容や手法による区分あるいは、完全に個人別に管理し、オペレーションの内容によって自動的に取捨選択できる可能性もある。
これらのデータがあれば行動誘導することも可能だ。単純に本人のIDで見せたい情報を本人にわからないように勝手に検索しておくだけで、サーチエンジンは勝手に関連する情報を本人にレコメンドするようになる。行動に基づいたもっと効果的な方法もあるだろう。

・世界の分断と、AIの利用拡大

コロナ禍でロシアと中国は陰謀論者など反主流派のグループを味方につけた(『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)より)。それを足がかりに展開できる。
中国から仕掛ける必要はなく、分断を広げ、煽るだけでよい。陰謀論でも反体制でも白人至上主義でも、個々人の行動データから特定のクラスターの活動が活発化したのを見計らって発言を拡散し、SNSのトレンドにのるように仕向け、メディア関係者のスマホやパソコンに表示されるようにする。すでにこのオペレーションは開始されているかもしれないが、中心になるのは中国とは無関係の陰謀論者などの個人であり、ナノインフルエンサーを利用した検知されにくいオペレーションを展開すれば見つかりにくい(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/02/post-43.php)。見つかっても中心になっている一般の参加者を排除することはできない(規約に反していない限り)。
アメリカがすでに内戦前夜の状況になっていることは何度も書いている通りなので(https://note.com/ichi_twnovel/n/n96588acc900a)、こうした活動はすぐに効果はでないが効果的である。

現在、危険なほど急速にAIの利用が進み出している。すでに紹介したようにAIは間違う可能性があり、陰謀論などにくわしい。SNSプラットフォームのアルゴリズムに偏向があることはわかっているので、中国がさらにそれを悪化させるように仕向けることも可能だ。
また、AI支援デジタル影響工作ツール(https://note.com/ichi_twnovel/n/nb23282095db2)を無償でばらまくこともあり得るだろう(中国がやらなくても誰かがやる)。中国自身がAI支援デジタル影響工作ツールでコンテンツを大量生産拡散するという資料もあったが、それよりもすでにつながっている陰謀論者などに与えて使わせ、拡散などの支援を行った方が効率的のように思える。
その結果、検索や記事生成、動画生成での利用が進んだ場合、偏った内容、誤った内容のコンテンツがあふれる可能性が少なくない。当然のことながら、これは大きな混乱を招き、インフォカリプスを加速する。
中国の認知戦のターゲットは人間だけではなく、AIも含まれているのだ。

・ツイッター

ツイッター社の中国向け売上は急速に拡大し、数億ドルの規模に達していたことがわかっている。その内容から考えて意図的にツイッター社が中国の売上に依存するように仕向けた可能性がある。
イーロン・マスクのツイッター社買収の際、中国企業が参加していたことがわかっており、参加した企業には特別な権利が与えられると言われている。また、以前からFBIが捜査を行っており、少なくともひとりの中国の工作員がツイッター社ないいることがアメリカ上院で報告された。元ツイッター社のセキュリティ責任者がアメリカ上院で、ツイッター社が中国での売上ほしさに利用者をリスクにさらしていた(中国の不利益になる書き込みをしたアカウントの個人情報の提供と思われる)ことを証言している。
中国はテスラ社の生産と販売においてきわめて重要な拠点である。
これらのことから中国当局にツイッター社のデータなどが流れている可能性が考えられる。他のビッグテックも、検閲機能と個人情報収集機能つきのサーチエンジンを提供しようとしたグーグルを始めとして、Amazonなどさまざまな企業が中国とつながりを持っているので、ツイッター社も例外ではないと考えるべきだろう。

●最後に

「さしせまった脅威=具体的な活動」で書いた話は既存の資料にはないもので、見当違いの話である可能性も高い。以前、ご紹介した日本の防衛研究所のレポート(https://note.com/ichi_twnovel/n/n3efc8ab884db)とも全く違う。
陰謀論と思う人もいるだろう。あくまで中国の認知戦の状況と下記のような情報を組み合わせたら、こういう解釈も成り立つという例にすぎない。予測や解答というよりは、可能性のひとつだ。他にもいろいろな可能性が考えられるだろう。さまざまな可能性を検討してみることも大事だと思うのであえて書いて公開してみた。

・アメリカは社会の分断により、内戦前夜の状況である。
・中国はアメリカを中心とした陰謀論者、白人至上主義などのグループとつながりができており、拡散する支援を行っている。彼らは放っておいてもアメリカ社会に混乱をもたらす。
・すでに中国は莫大なデータを世界、特にアメリカから入手する流れを作っている。
・アメリカのSNS、ビッグテックは中国の市場にアクセスするため、独自の行動を取っている(アメリカ政府の施策の方向性と一致しない)。
・アメリカのSNSプラットフォームには運営企業もコントロールできない偏りがエンコードされており、ナノインフルエンサーなどに利用されている。
・AIは誤った行動を行うことがある。
・AIは陰謀論などにくわしい。


好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。