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中国の認知戦の動向に関するメモ

今回は主として中国军网、中国軍事科学院(AMS)、アメリカ海軍分析センター、アメリカ国防総省、ジェームズタウン財団などの資料を基に整理している(出典一覧は文末)。中国の認知戦の全体像や基本については、防衛研究所の「認知領域とグレーゾーン事態の掌握を目指す中国」の第二章がよくまとまっている。
認知戦は当初想像していたよりも戦略的意味のあるものだった。中国の資料とアメリカの資料は共通点が多いのだけど(アメリカを中国の資料を参照しているので当然)、日本の資料は共通点が少ない感じがしたのが気になった。なぜだろう?
なお、この記事は前回のまとめ記事の出典を紹介する記事でもある。

●戦いに勝利するためには認知領域で勝たなければならない 中国軍事科学院(AMS)の「把准认知域作战之脉」

近年、認知戦、認知領域の戦いといった表現がよく使われるが、2022年11月29日に公開されたアメリカ国防総省の「Report on Military and Security Developments Involving the People's Republic of China」では、「認知領域作戦(认知领域作战)」(CDO=Cognitive Domain Operations)を中国は確立しているとしている。中国の研究者の関心はすでに情報技術からAIを利用した知能化戦争へと変わりつつあり、その焦点は認知領域である。
紛争の前に心理戦を行い、相手の戦意を喪失させ、情報環境をコントロールできるようにする。さらに、敵の情報の流れを遮断するために、敵の指揮統制(C2)システムに対して攻撃を行う。情報を支配するためには、敵の情報システムを麻痺させ、機先を制することで重要だ。紛争が進むにつれて、中国共産党は、敵の情報システムを抑制し妨害するために攻撃を続ける。それと同時に紛争に対する敵の敵国内の支持を低下させるために、敵国の軍人と民間人に対して情報作戦を使用する。

また、ジェームズタウン財団の「Cognitive Domain Operations: The PLAʼs New Holistic Concept for Influence Operations」によれば少なくとも2018年から認知領域を扱う技術の特許を取得し始めており、認知戦に力を入れていることがうかがえる。認知領域の戦いの意味するところは、「人間の意志、信念、思考、心理などに働きかけ、相手の認知を変化 させ、その判断や行動に影響を与える」戦いである。
どのような戦いであっても相手の意志をくじくことができなければ勝利にはならないとする主張がいくつかの資料に見られる。事例として引き合いに出されるのはアメリカのベトナム、イラク、アフガニスタンでの戦いである。戦場で勝っても最終的に勝利を得ることはなかった。認知領域での戦いだけで戦場で勝つことはできないが、戦場で軍事的な成功を収めても政治的な勝利を得るためには認知領域での勝利が必要になる。
中国軍事科学院(AMS)の「把准认知域作战之脉」には認知戦には8つの側面があると指摘している。ちなみにこの資料はアメリカ海軍分析センターもまるまる写すくらいの勢いで紹介しているので、それなりにまとまった&信頼できそうな資料と考えられているのかもしれない。

1.認知領域は軍事的優位から政治的勝利への重要な領域である。

アメリカの事例のように戦場で勝利しても政治的に勝利できないことがある。認知領域を制することで政治的勝利も得ることができる。

2.敵の認知を変えることで、意思決定や行動を変化させる。

3.フルタイムの攻撃と防御、全ての領域網羅、全てを活用、全てのドメイン形成、協調して利用する。

戦時、平時を問わずに軍事領域を超え、政治、経済、外交などの分野でもさまざまなセクターと協調して実施する。
ハイブリッド戦における認知戦を論じた「混合战争视野下的认知域作战」は、対象の多様化、戦闘手段の多様化、戦闘プロセスの激化により、一方が特定の空間領域で優位に立つだけで敵を屈服させ、戦争目的を達成することはますます困難になってきているとしている。そして認知空間における戦いは1日24時間、週7日発生し、何世代にもわたって続く。政府組織、報道機関、企業、研 究機関、学校、市⺠社会チームなどの社会集団や、政治家、芸能人、ジャーナリスト、ビジネ スマン、弁護士、俳優、学者、医師、教師、ネット有名人などすべてを認知戦の戦闘員として活用すべきである。

4.行動や活動の性質の定義、プロセスの所有権、結果の判断の主導権を握る。

事象(戦闘、事件など戦いにまつわって発生するもの)を定義(内容や適法性、倫理的性質などの認識)し、同盟関係国で共有して強化する。今後の方向性=プロセスをコントロールし、事象の最終的な判断を行い、それを共有する。

5.道徳と正当性が闘争の中心である。軍事行動には正当化が必要であり、それを支える世論も必要である。


6.情報が認知的な攻撃と防御のための基本的な「弾薬」となる。

SNSプラットフォームは認知戦の主戦場であり、SNSプラットフォームの効果的な利用が重要となる。
「探寻认知域作战制胜之道」ではもう少し突っ込んだことが書かれている。SNSプラットフォームに限らず、 インターネットが人間の生活のあらゆ る側面に浸透したことで莫大なデータがネット経由で入手可能となった。こうしたデータの生成、識別、取得、発信、フィードバックの主導権を握ることが、認知領域での優位性を勝ち取る鍵である。
敵の感情、意志 、思考、信念に混乱、誤解、変化を誘発し、認知システムを制御し影響を及ぼす。効率的にこれらを行うためのアルゴリズムが必要となる。
また、人間関係を利用して感情的に行動を支配することも必要となる。

7.軍事行動は認知形成の重要な基盤である。認知戦は軍事行動と連携し、支え合う必要がある。軍事行動なしに認知戦のみでの勝利はない。

8.認知的対策技術が戦争に直接活用されることが増えている。

より直接的に軍人を攻撃することや、脳を戦闘対象とすることが想定されるようになってきた。脳を標的にしたものについては、解放军报の「制脑作战:未来战争竞争新模式」にいろいろ書いてあった。

●航空宇宙技術大学校の研究者が執筆した「瞄准未来战争打好认知“五仗”」

前述の「混合战争视野下的认知域作战」では最近の傾向として下記をあげている。

・認知的抑止型の戦闘。

軍事力の誇示、金融システムの麻痺、経済封鎖 、貿易制裁などによって心理的な抑止を図り、自発的に抵抗をあきらめるようにすることもある。

・認知形成型戦闘。

敵の価値観、政治的態度、宗教的信念、精神性などに影響を与え、信念を捨てさせたり、価値の混乱を引き起こし、戦意を揺さぶり、戦争に対する態度に影響を与える。

・認知欺瞞型の戦争。

世論宣伝、サイバー攻撃、思想誘導などの手段により、敵に虚偽の情報を伝達し、敵の意思決定判断に影響を与える。例えば、仮想現実と知能的な音と画像の合成技術を使って、敵の指揮官を模擬して指示を出し、敵が本物と偽物をほとんど区別できないようにすることで、敵の指揮に混乱と行動の乱れを起こす。

中国軍事科学院は、2013年に情報作戦と心理戦のための教育ガイド『情報作戦科学講義[信息作战学教程]』(105ページ)を作っている。

航空宇宙技術大学校の研究者が執筆した「瞄准未来战争打好认知“五仗”」という記事では認知戦の5つの要素について論じている。こちらはビッグデータやAIの利用を明示している。

・認知戦争は人間の感情に向けられている

認知戦争は、ビッグデータ、AI、心理モデリングを駆使して、社会集団間の認知のギャップを狙い、集団間の利害や認識の矛盾を突いて、分裂を生み出すべきである。

・認知戦争では情報が王である

PLAは、認知戦の作戦・戦術に関するデータベースを拡充し、ライブラリを作成し、適宜 更新し、認知戦の人材プールを拡大すべきである。システムやAIによる効果的なメッセージ発信を行い、情報を認知領域の作戦と結びつけることを加速させる相互接続メディア環境を構築すべきである。

・認知戦争は、まず情勢を形成するために行うべきである

「先制攻撃の重要性を十分に理解する」を強調している。戦争が始まる前に、先んじてナラティブを作り、定義、プロセスの所有権、結果の判断の主導権を握る必要がある。

・認知的作戦は、敵を抑止し、戦争をコントロールすることを目指すべきである

敵に対する「非対称的チェック・アンド・バランス」を作り出す必要がある。

・認知戦争は、全領域作戦で強化されるべきである

全領域からの情報を活用すべきである。そうすることで、政治的崩壊、経済制裁、外交攻勢、軍事作戦の効果を増幅し、敵の国民に全分野で圧力をかけ、戦わずして敵を倒すという目標を達成できる。

●ツイッターについて

中国とツイッターの関係についてはいろいろある。

イーロンマスクのツイッター買収に中国企業が参加していた。この件についてはすでに記事にしている(https://note.com/ichi_twnovel/n/nea46eb254980)が、その後さらに進展があった(悪い方向に)。

・中国企業が参加していることについて当局が調査する可能性が取り沙汰されていたが、行われていない。出資した企業には特権が与えられると報じられている。

・ツイッター社にとって中国は重要な営業先となっていた(推定年間数億ドル)。地方政府当局や中国共産党宣伝局がこぞってツイッターの広告を購入していた。Twitter Greater Chinaの管理責任者Alan LanのLinkedIn(現在は削除されている)のバイオには、2014年から収益が800倍に向上し、世界で最も急成長していると書かれていた。

・元セキュリティ責任者Peiter Zatkoはアメリカ上院司法委員会の公聴会で、ツイッター社の幹部は、中国の金を受け入れると中国のユーザーを危険にさらすリスクがあることを知っていたと明かした。

・FBIがツイッター社に、少なくともひとりの中華人民共和国国家安全部の工作員がいる、と通知したとアメリカ上院議員 Chuck Grassleyが議会で語った。

・中国の裁判所は過去3年間、ツイッターやその他の外国のプラットフォームを使って当局を批判した罪で、数十人に判決を下している。

・今回調査した資料ではツイッターは繰り返し、認知戦の戦場として名前を挙げられていた。

グーグルは中国に検閲機能プラス個人情報収集機能のあるサーチエンジンを提供しようとしていたことがわかっており(https://note.com/ichi_twnovel/n/nfbc442281b86)、中国はアメリカのSNSプラットフォームからさまざまなデータを得ている可能性が高い。

●出典 順不同

THE PLA AND INTELLIGENT WARFARE: A PRELIMINARY ANALYSIS
10/1/2021
https://www.cna.org/reports/2021/10/the-pla-and-intelligent-warfare-preliminary-analysis

Cognitive Domain Operations: The PLA’s New Holistic Concept for Influence Operations
Publication: China Brief Volume: 19 Issue: 16
September 6, 2019 04:51 PM Age: 3 years
https://jamestown.org/program/cognitive-domain-operations-the-plas-new-holistic-concept-for-influence-operations/

022 Report on Military and Security Developments Involving the People's Republic of China
Nov. 29, 2022
https://media.defense.gov/2022/Nov/29/2003122279/-1/-1/1/2022-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF

THE CHINA AI AND AUTONOMY REPORT
ISSUE 22, SEPTEMBER 8, 2022
https://www.cna.org/our-media/newsletters/china-ai-and-autonomy-report/issue-22

THE PLA AND INTELLIGENT WARFARE: A PRELIMINARY ANALYSIS
Publication Date: 10/1/2021
https://www.cna.org/reports/2021/10/the-pla-and-intelligent-warfare-preliminary-analysis

THE CHINA AI AND AUTONOMY REPORT
ISSUE 17, JUNE 16, 2022
https://www.cna.org/our-media/newsletters/china-ai-and-autonomy-report/issue-17

研究军事、研究战争、研究打仗丨把握战争认知空间嬗变脉络
来源:中国军网-解放军报作者:王 哲 聂晓丽责任编辑:杨凡凡
2022-05-24 06:50
http://www.81.cn/yw/2022-05/24/content_10157315.htm

领域多维 边界多变 力量多元 目的多重 手段多样
混合战争视野下的认知域作战
中国军网 国防部网
2022年6月7日 星期二
http://www.81.cn/jfjbmap/content/2022-06/07/content_317170.htm

U.S. government is not investigating Elon Musk’s Twitter purchase
February 6, 2023
https://www.washingtonpost.com/us-policy/2023/02/06/twitter-musk-treasury-cfius/

How China became big business for Twitter
By Fanny Potkin, Eduardo Baptista and Tony Munroe
September 13, 20229:07 AM PDT
https://www.reuters.com/technology/block-blue-ticks-how-china-became-big-business-twitter-2022-09-13/

军事论坛|解析现代战争信息力
来源:解放军报作者:杨存银责任编辑:刘上靖2022-12-29 06:47
http://www.mod.gov.cn/jmsd/2022-12/29/content_4929495.htm

智能化视阈下的认知域作战:情感冲突成为认知域作战突出属性
来源:中国军网-解放军报2022-12-08 14:24
https://mil.gmw.cn/2022-12/08/content_36220848.htm

探寻信息时代认知对抗制胜密钥
来源:中国军网-解放军报2023-01-10 10:58
https://mil.gmw.cn/2023-01/10/content_36291024.htm

认知域作战发力点在哪里
2022年10月05日08:53 | 来源:解放军报
http://military.people.com.cn/n1/2022/1005/c1011-32539656.html

把准认知域作战之脉
——探析认知域作战特点及发展趋势
中国军网 国防部网
2022年8月16日 星期二
http://www.81.cn/jfjbmap/content/2022-08/16/content_322064.htm

探寻认知域作战制胜之道
中国军网 国防部网
2022年9月1日 星期四
http://www.81.cn/jfjbmap/content/2022-09/01/content_323230.htm

制脑作战:未来战争竞争新模式
2017年10月17日14:32 | 来源:解放军报 小字号
原标题:制脑作战:未来战争竞争新模式 - 解放军报 - 中国军网
http://military.people.com.cn/n1/2017/1017/c1011-29592326.html

夺取未来战争制脑权
来源:解放军报作者:黄昆仑责任编辑:毛志文2014-06-16 04:23
https://www.81.cn/jwgd/2014-06/16/content_5961384.htm

研究军事、研究战争、研究打仗丨把握战争认知空间嬗变脉络
来源:中国军网-解放军报作者:王 哲 聂晓丽责任编辑:杨凡凡
2022-05-24 06:50
http://www.81.cn/yw/2022-05/24/content_10157315.htm

领域多维 边界多变 力量多元 目的多重 手段多样
混合战争视野下的认知域作战
中国军网 国防部网
2022年6月7日 星期二
http://www.81.cn/jfjbmap/content/2022-06/07/content_317171.htm

China Escalates Efforts to Influence U.S. State and Local Leaders, Officials Warn
Updated July 6, 2022 at 8:09 pm ET
https://www.wsj.com/articles/china-escalates-efforts-to-influence-u-s-state-and-local-leaders-officials-warn-11657122600

How China Wins the Cognitive Domain
Published Jan. 23, 2023
https://www.airuniversity.af.edu/CASI/Display/Article/3273289/how-china-wins-the-cognitive-domain/

瞄准未来战争打好认知“五仗”
来源:解放军报作者:杨龙溪责任编辑:王凤2022-10-08 10:11
2022-08-23

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