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アメリカ内戦を予見した衝撃のベストセラー『How Civil Wars Start』

Barbara F. Walterの『How Civil Wars Start_ And How to Stop Them』(Crown、2022年1月11日)を読んだ。
【追記】日本語版が出ていた。『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社、2023年3月24日)
本書は30年にわたり、内戦の研究を続け、CIAのPolitical Instability Task Forceにも参加したことのある著者によるアメリカ内戦の可能性と対策について書かれたものである。発売後、さまざまな媒体で取り上げられ、話題になっている。
【追記】本書でよく参照されていたCIAの内戦に関するレポートを下記記事で紹介しました。
内戦が起きた場合、決着まで平均10年以上かかる

●本書の内容

本書は過去の統計と事例から内戦が起こる条件と、対策についてまとめた本であり、アメリカがすでに内戦前夜と言える状況にあることを指摘している。

・現在における内戦とは?

本書の順番とは異なるが、アメリカが直面している内戦の危機の「内戦」とはなにを指すかを紹介しておきたい。内戦というとアメリカの南北戦争を想像するかもしれないが(私もそうだった)、そうではない。当時は内戦の主体が地理的にかたまっていたが、現在は地理的に分散している。また、アメリカ政府の軍事力は当時よりもはるかに巨大になっており、正面から戦って勝ち目はないことは誰にでもすぐわかる。したがって想定されている内戦はゲリラ戦あるいはテロの手法を用いたものである
テロが民主主義国家で効果を発揮できるのは、その標的である市民が政治的な力を持っているからである。アメリカの市民は選挙によって為政者を選ぶ力を持っている。
アメリカの次の内戦では戦闘員は地理的に集まることはなく、決まったリーダーもいないかもしれない。暗号化されたネットワークで通信しながら、テロ行為を繰り返し、アメリカ社会に混乱と恐怖を作り出す。そして、アメリカ人に自分たちの側の政治家を選ぶか、敵対するかを選ぶように仕向ける。あるいは混乱と恐怖とデジタル影響工作で世論を誘導して、自分たちの望む政策を実行させる。
このタイプの内戦であれば、2021年1月6日の議事堂襲撃や過激なグループが繰り返し起こしている事件を考えるとそんなに遠い出来事ではないような気がしてくる。

・内戦のライフサイクル

内戦には、「内戦前」、「初期対立」、「はっきりした反乱」、「決着」の4つのステージがある。くわしくは別記事

・内戦の2つの条件

内戦は2つの条件が満たされた時に発生することが多いことがわかった。ひとつは、アノクラシー(Anocracy)、もうひとつは党派主義(factionalism)だ。
アノクラシーは完全な民主主義と完全な権威主義の中間にある状態で、近年増加しているハイブリッド型、選挙権威主義、Illiberalismなどと称されるものと同じである。
完全な民主主義と完全な権威主義のどちらも内戦を防ぐための有効な手段を取ることができる。たとえば、天安門事件がそうである。しかし、その中間のアノクラシーの場合、政府の力が弱く有効な手を打てない。
党派主義はアイデンティティによって分断を加速し、対立を激化する。第二次世界大戦以降の内戦では民族的な対立であることが多かった。
なお、本書ではこれらの政治的な指標として、3つのデータセット(Polity V、Freedom House、V-Dem)を利用している(もちろん政治的資料以外では他の統計も利用している)。

・アノクラシー

民主化の改革が迅速で大胆であればあるほど、内戦の可能性が高くなる。内戦は改革が試みられた最初の2年間に勃発する可能性が高い。リスクがピークに達する瞬間は、完全な民主主義と完全な権威主義の中間ゾーン、Polity Scoreで言うと-1から+1まであたりだった。これは、制度的な強さと正統性の両方において、政府が最も弱体化していると思われる時である。

・党派主義

20世紀半ばから、より多くの内戦が政治集団ではなく、異なる民族や宗教によって戦われるようになった。第二次世界大戦後の最初の5年間で、内戦の53%は民族間の派閥で戦われた。冷戦の終結後、内戦の75パーセントは民族間の争いによるものだった。シリア、イラク、イエメン、アフガニスタン、ウクライナ、スーダン、エチオピア、ルワンダ、ミャンマー、レバノン、スリランカなどである。いずれも民族や宗教の違いによるものであり、その両方であることも少なくない。
政治的偏向=党派化は、イデオロギーよりも民族、宗教、人種といったアイデンティティに基づく価値感を持ち、これらの政党は他者を排除し犠牲にして支配しようとする。
党派主義の出現は予測可能である。たとえば政権の弱体化、あるいは人口動態の変化(白人人口の減少など)により、不満や脆弱性が高まった時などに出現する。
政党は妥協を避け、裁判所などの制度を構築し、市民が信念よりも自分たちのアイデンティティに基づいて行動したり投票したりし続けるように仕向ける。こうした政治は社会全体の分裂を深め、市民は将来に不安を感じ、政府に対する不信感を持つ。その結果、自分たちの生活、利益、生活様式、社会のあるべき姿の概念を守ることを約束する党派主義的政党に支持が集まるようになり、政治は、国民が国全体の利益を考えるシステムから自分の集団のメンバーだけを考えるシステムになる。
ある国の少なくとも一つの党派が、同じ民族や人種だけでなく、同じ宗教、階級、地理的位置などを共有する巨大党派になると、内戦の可能性がさらに高くなる。

・党派の格下げ

選挙での敗北や同じ人種の人口減少など党派の社会的位置づけが下げられることは、政治的、人口学的事実であると同時に、心理的現実でもある。重要なのは、その党派グループのメンバーが、自分たちに権利があると信じていた地位の喪失を感じ、その結果、憤慨していることである。
格下げされた党派がさらに選挙で負けた場合、内戦につながることがある。1960年から2000年までの世界の紛争を調査したところ、格下げされた党派が選挙に負けた後、暴力に訴える可能性が高いことが分かった。1960年から1995年の間に内戦を経験した民主主義国家はすべて多数決か大統領制を採用していた。
内戦の前には、何年にもわたる平和的な抗議活動が行われることが多いのも同じ理由だ。成果のでない平和的な抗議活動に諦念を抱いた戦闘的なメンバーが、他の選択肢が存在しないと感じるようになり、武力闘争を始めるのである。
気候変動によって世界は前例のない人の移動の時代に突入し、これが党派対立を引き起こす。海面上昇、干ばつの増加、天候の変化により、より多くの人々がより暮らしやすい土地への移住をせざるを得なくなりつつある。
シリアは、その初期の例である。2006年から2010年にかけて、シリアは壊滅的な干ばつに見舞われ、政府の差別的な農業・水利政策と相まって、大幅な不作に見舞われた。そのため、スンニ派を中心とする約150万人の人々が、田舎からシリアの都市部へ移住した。

・民族扇動家(ethnic entrepreneur)と暴力扇動家(violence conflict entrepreneur)

ethnic entrepreneurとviolence conflict entrepreneurってどう訳せばいいんでしょうね?
民族扇動家(ethnic entrepreneur)は民族のアイデンティティを謳い、他の民族との対立を深める。暴力扇動家(violence conflict entrepreneur)は武力衝突を引き起こそうとする。
どちらもSNSによって、強力な力を得るようになり、その結果、分断と過激化が進んだ。

・SNSの影響力

現在、進んでいる民主主義が後退はそのメカニズムにおいて過去とは異なる。以前は、軍部がクーデターを起こすことで独裁が成立していた。今は有権者自身によって独裁が実現される。SNSが、民主主義という政治形態に対して市民が抱いている疑念をSNSが増幅することが大きな要因である。偽情報は制度や政府、報道機関、司法への信頼を損ない、寛容さと多元主義への支持を低下させる。さらに、市民が選挙結果に疑問を持ち、不正を主張し、一部の有権者に選挙が盗まれたと信じ込ませる。
SNSは、国を民主主義の階梯から押し下げるだけでなく、民族的、社会的、宗教的、地理的な分裂を高め、党派を生み出す装置になっている。SNSの普及とその国での内戦の勃発には強い関係がある。

・アメリカ内戦の可能性

さまざまな指標が内戦の可能性の高まりを示している。
1990年代半ばまでに、民兵はアメリカのすべての州で活動を開始しており、その後いったん落ち着いたものの、オバマが大統領に選出された2008年、再び増加しはじめた。2008年以前は約43の民兵組織しか存在しなかったが、2011年には334の民兵組織が存在するようになった。右翼のテロ攻撃や陰謀の数は2020年8月には61件となり、歴史的な高水準となった。
アメリカの極右過激派の約65%は、白人至上主義的な傾向を持っているが、さまざまな主張を持つグループがひとつにまとまりつつある。プラウドボーイズ、スリーパーセンタ、オースキーパーズといった代表的なグループが同盟を結ぶ可能性が高い。右翼のテロは、かつて誰が大統領になるかによって盛衰した。共和党がホワイトハウスにいるときは減少し、民主党が政権を握ると増加した。トランプ大統領はそのパターンを破った。共和党政権下で暴力的な右翼グループが活動を初めて活発化させた。
アメリカは内戦の一歩手前の段階まで来ていることは間違いないようだ。

・対策

内戦を防ぐことは可能であり、そのための施策を著者は紹介している。ガバナンスの強化などを中心としたものだが、今回はあまり紹介しない。個人的にあまりにも希望を訴える記述が多く、いささか食傷気味になったということもある。
希望は必要だが、大きな希望ほど失われた時の反動が大きい。それは本書で指摘している、格下げされたグループがさらに負ければ暴力に走りがちということからもわかるだろう。

・おまけ

本書の7章では2028年にアメリカが内戦状態に入ることを想定したシナリオが描かれており、興味深い。実際になにがどのように起こるかを知りたい方はぜひお読みになるとよいだろう。

●感想

このnoteの他の記事をお読みになった方はご存じかもしれないが、私は以前からアメリカの暴力は臨界点に近づいていると主張していた。それが杞憂でなかったことがわかった。歴史的、統計的に整理され、説明されるとよくわかる。
本書は豊富な過去の事例と統計が盛り込まれており、非常に参考になるし、オープンのデータセットもあるので自分で検証や追加の仮説を立てて検証することも可能だ。話題になるだけのことはある。ただ、いくつか気になる点があった。

・アメリカが内戦状態に陥った時の国際情勢への影響

本書のテーマや著者の専門領域から離れるが、ぜひ知りたいところだ。ウクライナや台湾、インド太平洋構想など影響は計り知れない。特に日本への影響は甚大のはずだ。民族扇動家の根城となりつつある共和党が政権を取った場合、世界情勢は大きく変わるだろう。

・テロの国際連携

本書で取り上げていたQAnonやプラウドボーイズなどのアメリカのテログループの多くは親ロシアになっている。世界的なネットワークと、ロシアなど権威主義国との関係がどのようになるかも気になった。

・SNSの分析が食い足りない

SNSからの広告収入などの資金流入などには触れていなかったなど食い足りない気がしたが、これだけいろいろ盛り込んであるので仕方ないかも。

とはいえ本書は何度も事例を読み返し、他のソースで検証して理解を深めないといけない気がする。

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