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防衛研究所の「中国安全保障レポート2023」は中国の認知領域とグレーゾーン活動のわかりやすい解説書

防衛研究所の「中国安全保障レポート2023」(山口信治、八塚正晃、門間理良、2022年11月25日)を読んだ。認知領域とグレーゾーンを支配下におさめようとする中国の活動を中心に解説されていた。組織についても解説されており、とても参考になった。

●本書の内容

本書は大きく3つの部分に分かれており、最後にまとめがある。

1章中国の軍事組織再編と非軍事的手段の強化

軍事組織の再編が進み、中国共産党のコントロールが強化された。中央軍委主席責任制の徹底と軍内党委員会が重視されるようになった。そのコントロールは人民解放軍だけでなく、その他の軍事組織においても強化されており、非軍事手段も党の元に統合されつつある。
戦略支援部隊はサイバー、電磁スペクトラム、宇宙および、心理・認知領域などいわゆる影響工作も含んだ統合的な役割を果たすと考えられている。具体的には、政治指導と三戦を担当する政治工作部、施設・装備を管理する装備部、組織内の腐敗を取り締まる規律検査委員会、宇宙空間の作戦支援を行う航天系統部、サイバー戦のサイバー系統部がある。サイバー系統部には、武漢の61726部隊、北京の61786部隊などと、電子対抗旅団が所属している。他に直属で三戦を実施する311基地がある。
武警と海警が再編され、武警が中央軍事委員会の指導下に置かれ、海警が武警の下になることで、海警も軍の指導下に入った。グレーゾーン領域での活動を行う。

2章活発化する中国の影響力工作

人民解放軍は輿論戦、心理戦、法律戦の「三戦」を重視している。党の影響力工作は戦略レベルで、軍の活動は戦略レベルにも作戦レベルにもまたがっている
中国で注目されているのは、話語権=ディスコース・パワー(Discourse Power あるいは Discursive Power)である。ディスコース・パワーについては以前くわしく記事(https://note.com/ichi_twnovel/n/n33ccb6027b60)にした。
具体的な活動として4つあげている。
・宣伝工作
中国脅威論を払拭し、中国のソフトパワーを高めることを目的にしている。いわゆる大外宣のことだ。
・統一戦線工作
主要敵に対抗するために、主要敵を内部分裂させたり、友好勢力を増やすことを意味する。
・ソーシャルメディアにおける活動
・秘密裏の活動
フェイクアカウントとボットの利用、あるいはサイバー攻撃と連動された活動を指す。

これらを実行するアクターは、中央統一戦線工作領導小組による統一戦線工作系統、中央宣伝思想工作領導小組が指導する宣伝系統、軍など多様である。
さまざまな方法を用いて、自国の認知能力を保護し、認知空間における主導権、コントロール権、話語権を獲得し、優位を獲得する=「制脳権」を実現する。最近では「制智権」という言葉がよく使われているらしい。

3章海上で展開される中国のグレーゾーン事態

グレーゾーン=いわゆる閾値以下(報告書では低烈度)の活動によって現状変更を試みてきていた。海上民兵の活用が進められており、その目的は大きく2つ。
・数の多さと装備を活かし、主に各アクターの連携や活動が難しい海上権益主張行動を行う
・軍と行政組織、民間を媒介する

海上民兵部隊は、浅海域で役割を果たし、小型で機動的な船舶を運用し、多数の漁船によって広い範囲の警戒活動を行う。中国の海上民兵は、普段は漁業関連産業に従事し、必要に応じて人民解放軍や政府、党の指揮下にはいり、多様な活 動で危機のエスカレーションをコントロールし、相手国に対する牽制、軍事衝突の回避、自国の実効支配の拡大を狙っている可能性がある。

まとめ

下記が今回、確認されたとしている。
・中国の軍事組織の再編が進み、その中で党の指導が強化され、共産党によるコントロールが強化され、非軍事的手段の活用を進めている。
・心理・認知領域での活動が強化され、影響工作が活発になってきている。
・「海洋強国」の建設と海洋権益の維持・拡大のために、「軍警民」や 「五位一体」という統合的運用の発想に立脚して、海軍、海警、海上民兵という各海洋アクター の連携を図っている。

これらから考えられることとして、下記をあげられている。
・中国の対外行動を考える際の党の指導の重要性
・中国の非軍事的手段の使用に当たって調整能力が充分ではない可能性がある
・ウクライナ侵攻でロシアの影響工作が成果をあげていないことが中国にショックを与えている
・今後の技術革新が影響工作や海洋グレーゾーンに与える影響に注目すべき

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