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「ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛」拝読


「ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛」(ワニブックスPLUS新書、2022年6月8日)を拝読しました

●本書について

渡部悦和元陸将、井上武元陸将、佐々木孝博元海将補の3人によるロシア・ウクライナ戦争の解説書をご紹介したい。非常に早いタイミングでの総合的な解説書で、コンパクトに読みやすくまとめられている。それだけでも読む価値はある。しかも5月初旬までの情勢を反映している。なお、元にしている情報について「はじめに」では5月11日まで、「おわりに」では5月5日までとなっているので、そうとうにタイトなスケジュールで作っていたことがうかがわれる。
まず申しあげたいのは、3人による対談形式ということだ。非常に読みやすい。次に、軍事、戦況についての解説、分析が中心になっている。影響工作やサイバー戦、日本の防衛については触れられているものの、全体の中での分量は少ない
個人的には著者のひとりである佐々木孝博の影響工作についての分析をもっと読みたかった。おそらく影響工作については3月初旬くらいまでの情報が反映されていると思う。

●本書の内容

あっさりしている内容で恐縮だが、軍事そのものには関心、知識がないのでどうしてもこうなってしまう。

・ロシア人とプーチンの思考

本書の第一章ではロシア人とプーチンのものの考え方について紹介し、そこから今回の戦争にいたる原因を解説している。

・軍事展開

2章と3章は軍事的な側面を中心に組織、情報戦、経済戦および戦術核使用の可能性などについて分析している。予想外のもろさを露呈したロシア軍の実態とその原因、ウクライナ軍の健闘の理由などについて3人がそれぞれの立場から解説している。

・今後の世界

4章ではロシアの失墜とアメリカの復権、そこからの新しい世界のバランスについて整理している。インド、中東、ヨーロッパへの影響にも触れている。

・日本の防衛

5章では日本の防衛に課題について解説している。課題だらけというか、そもそも統合的に戦略を立案、実行できる体制がないので、それをどうすべきかというお話から始まっている。

●感想

自分が軍事にあまり関心がなかったこともあって、よみやすい対談形式でいろいろ知識を得られたのはとてもよかった。対談形式だったこともあり、30分程度で読めた。

個人的な感想だが、影響工作の分量が少なかったことと、3月初旬までの情報で止ままっていたことが残念だった。3月初旬頃までに大手SNSプラットフォームはロシアの包囲網を整え、国際的大手メディアや著名人、ビッグテックは反ロシア、親ウクライナの立場を明確にする言動を行っていた。多くの識者は、ロシアは情報戦に敗れたと考え、ワシントンポストはロシアは包囲されたと書き、POLITICOは複数のNATO Strategic Communications Center of Excellenceのディレクターがロシアは負けたという言葉を紹介している。POLITICOは3月12日にも「ロシアは負けた」というP.W. Singer(いいね!戦争で有名な人)のオピニオンを掲載した。日本の朝日新聞も同氏に取材し、ロシアは負けたという論調の記事を掲載した。
しかし、その後、下記のような話題が散見されるようになってきている。
世界各地で同時発生した反ワクチンから親ロ発言への転換
MIBUROの記事からわかるロシア情報戦のターゲットと成果
ロシアの期待通りに反ウクライナのデマに広告を配信し続けているグーグルは情報公害企業
つまりロシアの情報戦はターゲットが異なっていたという考え方だ。国際世論は欧米(主としてアメリカ)の著名人やメディアによって形成されるものなので、それ以外の国が仕掛けるのは難しい。ウクライナのように欧米がお膳立てした環境に乗っかるなら別だが。ざっくりした図にすると下記になる。

また、本書が西側、いわゆるグローバルノースから見えている世界を中心に語られている点も気になった。本書の中でもこの点については触れられているが、グローバルサウスが今回の戦争にどのような立場、対応をしているかについては多くは語られていない。たとえばアフリカや中南米についてほぼスルーしている。
下図のように今回の戦争でグローバルノースとグローバルサウスは異なる立場を取ることが多い。図1は国連人権理事国資格停止で賛成票を投じた国、図2は民主主義国の国、図3はゼレンスキーが演説した国、図4は対ロシア経済制裁に参加している国が緑色に塗られている。

今年のアメリカの中間選挙にも触れてほしかった。また、民主主義の今後についてもいささか楽観的のような気がした。オール・ドメイン戦を標榜しているので、このへんも網羅していただけるとより充実したものになったと思う。
ACLEDのレポートが暗示する暴力とオルタナ民兵の時代
今回の戦争が民主主義国の結束を強めたというのはファンタジーにすぎない Foreign Affairs2022年4月4日より
ウクライナ侵攻からわかるアメリカと民主主義の迷走 Foreign Affairs「How to Make Biden’s Free World Strategy Work」
昨年の合衆国議会議事堂暴動を生んだ暴力のエコシステム「Parler and the Road to the Capitol Attack」

とはいえ、このタイミングで刊行するのはそうとうタイトなスケジュールだったと思うので、とりあえずそこはすごいし、網羅的な話題をわかりやすくコンパクトにまとめてくださっているので貴重な1冊と言える
私の感想はあくまでも私が関心を持っている分野について掘り下げてほしいという、身勝手な要望なので、本書の価値がそれで減じるようなことはない。

『ウクライナ侵攻と情報戦』 (扶桑社新書)2022年7月2日発売


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