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防衛3文書を読んでみた 完成度高いけど現実と乖離している

話題の防衛3文書を読んでみた。私は安全保障や軍事の専門家でもないし、特段くわしいわけでもないが、わかりやすく全体的にすごくよくまとまっていたと思う。デジタル影響工作やサイバーに関するとこだけ興味深く拝読した。
よい点についてはすでに多くの方が語っているので、そちらを読んでいただいた方がいいと思う。たとえば下記。

高橋杉雄(政策研究部防衛政策研究室長) https://twitter.com/SugioNIDS/status/1603679849595342853
佐橋亮(東京大学大学院 情報学環・学際情報学府准教授、東洋文化研究所) https://twitter.com/ryo384_ir/status/1603872305851031577
神保謙(慶應義塾大学教授、国際文化会館常務理事など)が国家安全保障戦略と国家防衛戦略をそれぞれ1枚にまとめていて便利
https://twitter.com/kenj0126/status/1604329349099843587

●防衛3文書とは

防衛3文書とは下記の3つ。どれもわかりやすく短いものなので興味ある方はぜひ読んでいただきたい。

国家安全保障戦略 https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216anzenhoshounss-j.pdf
国家防衛戦略 https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216boueisenryakui.pdf
防衛力整備計画 https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216boueiryokuseibi.pdf

●防衛3文書で話題となっていること

主として中国を想定し、ついでにロシアや北朝鮮も含め、戦うことを想定しているのがこれまでとは違う点。そのためには予算を増やして必要な兵器を備えなければならない、ということが書かれている。
それ以外にはわかりやすく、包括的で、ドローンや認知戦、自衛隊のジェンダー問題などにも触れているのが目についた。
はっきりとは書かれていないが、閾値以下の攻撃についても考察されている。グレーゾーンという言葉は3文書で1度だけ登場している。
くわしくは現物を読んでいただくか、前掲の専門家の解説を読むことをおすすめする。

●気になった点

・非国家アクターについて全く触れられていない

中露を始めとする各国は非国家アクターを活用している。世界中で猛威を振るっているランサムウェアグループ、SNSプラットフォーム企業、戦闘に参加する民兵(PMC、PSC)、アメリカを中心に猛威を振るう白人至上主義グループや陰謀論グループなどの過激派、認知戦の一部を代行する民間企業、外交ツールとなったスパイウェアを提供する民間企業など枚挙にいとまがない。
防衛3文書でとりあげられている例にはこれらの非国家アクターが関与しているものが少なくない。たとえば、「サイバー攻撃による重要インフラの機能停止や 破壊、他国の選挙への干渉、身代金の要求」(国家安全保障戦略、P7)がそうだ。
3文書に出てくるテロの主体もそうで、過去10年間アメリカでもっとも多くの死亡者を出したテロリストグループは白人至上主義グループだ。先日起きたドイツのクーデター未遂事件も陰謀論グループによるものだ。そしてこれらの陰謀論グループは親ロシアであることが多い
今回の防衛3文書には、「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値」およびこれに類する言葉が何度も出てくる。白人至上主義グループや陰謀論グループはこうした普遍的価値に真っ向から対立し、親ロシアである。しかし、これに対抗する方法論を多くの国は持っていない。この防衛3文書にもない
ランサムウェアグループなどのサイバー犯罪組織、民兵、SNSプラットフォームもそれぞれ異なる形で脅威となっている。SNSプラットフォーム企業の多くがアメリカ企業であることから安全保障上の脅威にはあげられていないのだと思うが、グーグルが中国に検閲機能付きサーチエンジンを提供しようしたり、Metaの無料インターネットサービスが多くの国で分断を生み権威主義化を進めていたりする。明確な脅威になっていることは確かだ。
非国家アクターへの対処は火急の課題であり、かつどの民主主義国も方法論を持っていない。せめてこれが問題であることくらいは認識する必要がある。

・認知戦についての認識不足

「認知領域を含む情報戦について、偽情報の流布等に対応したファクト・チェック機能やカウンター発信機能等を強化」と書かれているが、ファクト・チェックが有効な対策ではない。そもそもファクト・チェック団体のスポンサーはSNSプラットフォームであり、それがまともに運用されていないことはフェイスブック・ペーパーなどからもわかる。
情報発信はステルスでやるんだろうか? それとも西側プロパガンダ組織DG7加盟のNHKがやるのかな? いよいよNHKもVOAやRTのような国家プロパガンダメディアになるのか?
防衛3文書では触れられていないが、アメリカではTikTok排除の動きがあり、じょじょに中露のサイバー主権に近づいている。アメリカを始めとする各国の権威主義化は思う壺だろう。

・国家安全保障戦略はグローバルノース主流派の視点のみで語られている

民主主義を標榜するグローバルノース主流派の主張のみが普遍的価値であり、同意しない国家は世界秩序を乱す悪と位置づけている。しかし、すでに国の数でも人口でも権威主義国の方が多いのが現実なので、現実から目を背けているようにしか見えない。
グローバルノース主流派は少数派になりつつあるが、普遍的価値なのだから相手もそれに従うべきというのは相手にとっても受け入れがたいだろう。放っておけば、さらにグローバルノース主流派が後退するのは明らかだ。
世界はアメリカとEUを中心とするグローバルノース主流派、中露を軸とした多様なグローバルサウスおよび反主流派、非国家アクターの3つで考えなければならないような気がする。

というわけで防衛3文書は現実を見ていないところからスタートしているような印象。すごくよくできているとは思うし、きっと安全保障や軍事の専門家から見た場合は納得できる完成度高いものなのだろう。最初に書いたように私はデジタル影響工作の側面からしか見ていないので、きわめて偏った見方をしていると思う。思うけど、やっぱり現実見てないよなあ。

そういえば国産アンチウィルスベンダの必要性(トレンドマイクロは日本企業であって日本企業ではない)について言及なかったなあ。必要だと思うんだけど。

【2023年1月6日補足】AI支援のデジタル影響工作が個人でも手軽に利用できる可能性が高まってきたという最新のレポートが公開されました。

次のステージに入るデジタル影響工作 ユーラシア・グループとサミュエル・ウーリーのレポートから

現在のステージに追いついていないのに次のステージになるなんてかなりきつい展開です。ドラスティックな改革と人材登用なしには追いつくのは無理でしょう。
タイミング的にはこの変化は防衛3文書に織り込めるはずですが、もちろん全く触れられてない。

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