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パン屋日記 #52 こんがりと焼けたシェフ

パン屋に併設された
カフェレストランでは、

買ったばかりの焼き立てパンを
コーヒーと一緒にイートインしたり、

創業以来変わらぬ味のタンシチューや
週替わりランチを食べたりすることができます。



広島では、4月(※2020年)の中旬から
「外出自粛要請」が

4月下旬からは飲食店等への
「休業要請」が発表され、

パン屋のレストランも、
やはり休業することになりました。

会社の休業判断は、本当に早かった。

外出自粛要請の2、3日後には

来週から閉めます、と
本社から通達がありました。



パン屋のレストランは、
ふんわりと 創業40年。

お客さまの多くがご高齢でした。

そしてなにより、

コロナうんぬんのずっと前から

売上が、十分ではなかった。


そういうわけで、

ビロードが張られた木の椅子は
あっという間に机の上に伏せられ

長い長い春休みが始まりました。


再開日は、未定。

わたしには、ひとつ心配なことがありました。

「坂下先生、シェフは休業中、
 何をするんでしょうか」

『さあ……』

「どうしましょう、
 よそのお店に引き抜かれたら」

『そうですね、
 もう話が来てるかもしれませんね』

「幸いにも引き抜かれなかったとして、
 どうしましょう、長い休業中に、
 人と全然おしゃべりしなくって
 廃人のようになっていたら……」

ショボショボと話すわたしに、
坂下先生は言いました。

『iccaさん。大丈夫です。
 シェフはきっと、少しふっくらして
 こんがりと日焼けして帰ってきますよ』

「こんがりと……」

『そう、ヴァカンスです』


ヴァカンス。


わたしは、自粛期間が明けて

「おはようございます。お久しぶりです」

と出勤するシェフを想像しました。



そこではこんがりと
小麦色に焼き上がったシェフが、

少しばつが悪そうに
はにかんでいるのでした。


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