見出し画像

パン屋日記 #24 営業のふなっしー

パン屋・レストランともにお世話になっている
コーヒーの営業さんがいます。

メガネに短髪の男性で、名前は船木さん。
わたしたちは裏で「ふなっしー」と呼んでいます。

ふなっしーは、
電話をかけるとすぐに来てくれます。
来なくていいときも、必ず来ます。

レストランのラテマシンが、
壊れてしまいました。

わたしたちは一刻も早く、
いつも大阪から来る、青いつなぎを着た
技術者のお兄さんに会いたいのに

「わかりました! 僕、行きます!」と言って

営業のふなっしーが、様子を見に来ます。

そして、本当に様子を見て、
わたしたちと同じだけ困った顔をして

「また、様子を見てみてください!」
と言って帰ります。

(わたしたちはふなっしーじゃなくて、
 つなぎのお兄さんに会いたいの!)

という言葉を

過去、7回は飲み込みました。

言いかえれば、ふなっしーは
それくらいこまめに、
様子を見に来てくれるのでした。


ある日ふなっしーが、難しい顔をして
レストランにやってきました。

難しい顔をして、一番狭いテーブルに着いて

「すみません、パスタを一つ」と言いました。

パン屋に出入りする
たくさんの業者さんの中で、

領収書も取らず
用事も納品もない時に
お客さんとして食事をしに来てくれるのは、
ふなっしーだけです。

「今日、ふなっしー元気ないですね」
と、パートさんが言いました。

ふなっしーは、お水やカトラリーや
ミニサラダを出すたびに
いつも通り腰を低くしましたが、

今日はどことなく、笑顔がくたびれています。

わたしは、いただきものの柿でおやつを作っていたジャムおじさんのところへ行きました。

わたしが声をかけるのを待たず、
ジャムおじさんはパッとこちらを振り返り

「ふなっしーにあげたいんじゃろ。ええよ」
と言いました。

「あいつ今日、なんか病んどるよな」

みんなふなっしーのことを、
陰ながら心配していたのです。


ジャムおじさんが作った
西条柿のデニッシュをパックに詰め、

「これ、ジャムおじさんからです。
 元気がないから心配しています」

と言ってふなっしーに渡しました。

ふなっしーは、自社で卸している豆を使った
アフターコーヒーを飲みながら

「まあ! んもう! また、そんなことを!
 すみません、ありがとうございます」

と言って、
その場でむしゃむしゃ食べてくれました。

ふなっしーは、元気いっぱい…
…にはなりませんでしたが

瞳が少し明るくなったように見えたので、
安心しました。

わたしたちはみんな、
ふなっしーのことが大好きです。

本店に長く勤めた店長が退職し
リーダー不在のまま、
なんとか若いものだけで
店をやらなければならなかった時

ふなっしーは、
役職の無いわたしたちの名前を
ちゃんと覚えてくれていた

そして、わたしたちと敬語で、
対等に取引のお話をしてくれた、

唯一の営業さんだったからです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?