伊香

読むことがすきです。書くことはくるしくもたのしいです。読んでくれてありがとう。

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最近の記事

子供が可愛すぎて泣く夜

息子がこのたび五歳になった。 同世代の子達とは身体の大きさ的にも発達面でもかなり遅れをとっている。顔もまだぽちゃぽちゃしてるし、声は磯野家の末っ子なみに甲高い。客観的に見ても「まだまだ小さい子」という感じの息子。 息子はとにかく甘えん坊だ。 なにかと手をつなぎたがり、隙あらば膝の上に座ってくる。 しゃべっている分量が多ければ多いほど機嫌の良さをあらわし、調子がよければずっとピーチクパーチク楽しそうに話している。 そんな息子が可愛くてしかたがない、といつも百パーセント

    • いまはもうない

       ひとり暮らしのアパートを探すにあたって、いちばん重視したのは家賃が安いことだった。つぎにトイレと浴室が完全にわかれていること。その結果、立地的な相場ではかなりの低家賃かつバストイレ別であるが築三十年、という年代物のアパートの一室を契約した。それから五年以上もそこに住むことになった。  そのアパートの名称は「幸荘」といった。正式な読みかたについて大家に尋ねたことはなかったが、わたしは「さいわいそう」とよんでいた。引っ越しのあとはじめて訪ねてきた友人は、アパートの陽が当たらな

      • 幼い記憶

         幼い頃の記憶のなかでもっとも古いのは、母が漕ぐ自転車に乗せられていたことだ。ハンドルとサドルの間に取り付けられた子供用の座席。眼前に迫りくる景色と、リズミカルに回されるペダル。自転車で一時間ほどの道程に飽きると、わたしはよく右ハンドルに付けられたベルに手をのばした。銀色に鈍く光るそれはわたしと母の顔を間抜けに映している。ベルの上部分に触れていると、徐々にネジが緩みはじめる。面白くなって回し続けると、外れて、ベルの上部分は吹っ飛んでいった。そして飛んでいって初めて、母はわたし

        • 〒山の向こう、ネットの海の先

           通勤途中、歩きながらふと見上げると山側に虹が出ていた。見た瞬間、その人のための虹だと思った。その人の誕生日の朝に、私に撮られてアップロードされるための虹。自分が手掛けたわけでもない自然現象を携帯電話で撮影しただけで、私はプレゼントを買ってきれいにラッピングを終えた気分になっていた。  私たちはお互いのハンドルネームぐらいしか知らない。メールアドレスさえ、まだ使えるのかどうかわからない。去年のはじめから停まったままの、その人のSNSをときどき見に行く。作品がアップされている

        子供が可愛すぎて泣く夜

          埴輪とディナー

           山奥のペンションでオーナー自ら振る舞うこだわりのディナー。それ自体が旅の目的といってもいいほどだった。夫と付き合っていたときのことだ。  そのペンションは私たちが住んでいる市内から車で二時間ほどの場所にあった。午前十時頃に出発し、山のなかの沼や湖を観光した。車は夫が出したが、深夜に一挙放送していたドラマ「ROOKIES」を最初から最後まで見たらしい。ひたすら眠そうだった。  宿に着いたのは夕方頃だったと思う。食事や施設の内容を説明してもらい、早速温泉へと浸かる。冬場はス

          埴輪とディナー

          息子と病院に泊まったときのこと

           子供が二歳のとき、副耳の切除手術を受けさせる決断をした。入院は二泊三日。もちろん子供だけでは泊まれないので、母親である自分が付き添った。  入院初日。病棟の夜は長い。消灯時間は夜九時。それは消灯してから三十分後ほどに起きた。  子供が力の限りに泣き叫んでいる。  今にも寝静まろうとしていた小児病棟に響き渡る、サイレンよりも大きい泣き声。  泣いているのは他ならぬ我が子。  私たちが寝起きする部屋は四人部屋であった。赤ちゃんと母親が二組、年長さんほどの男の子と父親が

          息子と病院に泊まったときのこと