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月夜の薔薇と蝶のロケットペンダント

【旅する飾り屋の話 ―月光に輝くのは―】

「おやおや、こんな真夜中に珍しいお客様ですなあ。」
突然の声に驚いた飾り屋は声の方に明かりを向けた。
明かりの向こうには白い髪の老人が立っていた。
『びっくりした!僕たちはちょっと探し物をしてたんだけど…
おじいさんこそこんな夜中にどうしてこんなところにいるのさ!』
飾り屋同様に驚いていたトランクが慌てた声で老人に言った。

夜更けに森で探し物する為に歩き回っていた飾り屋達もまさかこんなところで人に出会うとは思っていなかった。
白い髪の老人は
「はは、驚かせてすまんの。人を待っていたのだが気が付いたらこんな時間になっていてのう。」
と少しだけ寂しそうに答えた。
『おじいさんは一体誰を待っているの?』
そんな老人を見たトランクがそう聞くと、おじいさんは「さて、誰じゃったかのう…。」と言いながら夜空を見上げた。空には厚い雲に阻まれさえぎられた月明かりだけが見えた。

「…まあ何かの縁じゃし、お前さん達、ちょっと昔話でも聞かんかい?」
ふと何かを思いついたように老人は言った。
飾り屋はそんなおじいさんの様子を見て、少し考えたようだったが
良かったらぜひ聞かせてください、と言って近くの切り株にトランクを置いて自分も腰掛けた。

「そうじゃな、これはこの森にいたある男の話なんじゃが―…」


昔、この森には沢山の赤い髪の兄弟がいた。
綺麗な赤い髪を持つ彼らはそれはそれは美しく、多くの者達から愛されていた。
しかし末の弟だけ、他の兄弟達の赤色の髪とはほど遠い貧相な白い髪をしていた。
多くの者たちから愛される兄達と違い末弟はみんなから見向きもされなかった。そして弟自身も貧相な白い髪が好きになれず憂鬱な毎日を過ごしていた。

ある夜のことだった。
暖かな南風と共にその美しい人は表れた。
彼女の艶やかな姿に皆釘付けになり、赤髪の兄弟達はこぞって彼女に愛の言葉を投げかけた。
末弟も彼女の姿に一瞬で虜になったが、あの兄達と比べられては自分の出る幕など一片もないだろうと初めから諦めてしまった。

しかし彼女は他の兄弟たちに目もくれず、末弟の元に降り立った。
末弟はびっくりして彼女にこう言った。
「美しい人よ、あの綺麗な赤い兄弟達を放っておいてなぜ貧相な白の私のところに来たのですか?」

すると彼女は驚いた顔をしてこう言った。
「あら、あなたは自分の美しさに気が付いてないの?
赤い彼らも綺麗だけれども、今この夜、月光を受けたあなたの白い髪は何よりも煌めいているというのに。」
末弟はその時言われて初めて気が付いた。月光に照らされた自分の白い髪がとても美しく輝いていることを。
「赤い彼らも美しいけれど、あなたはあなたにしかない美しさを持っているのよ。」

その言葉を聞いた時、末弟の眼にはぼやけた美しい人の笑顔と、月光で輝きを帯びた世界が写ったのだった。


『で、それから末弟と彼女はどうなったの?どうなったの?』
トランクが老人に話の続きを急かしたが老人はふふふと笑いこう言った。
「なに、その後末弟が泣き疲れ眠りについてしまい、気が付くと美しい人はいなくなっていたんじゃよ。月光に照らされておらん末弟はやっぱり貧相だったのかもしれん。」
やや自虐気味に老人は笑い、だがと続けた。
「だが、その後末弟はそれからあまり憂鬱じゃなくなったそうじゃ。何かが彼の中で変わったのは確かじゃろうて。」
そう言って老人はまた夜空へを仰いだ。
月はまだ雲に隠れたままだった。

「いやはや、老人の長話に付き合ってもらってくれてありがとうのう。
お前さん達も探し物の途中だったのに時間を取らせてすまんかった。」
老人が飾り屋達に深々と頭を下げた。
『ううん、僕たちの探し物も見つかったみたい。ね、飾り屋。』
そのトランクの言葉を聞き、老人が何のことやらという顔をしている傍で飾り屋はとある飾りを出した。

そして飾り屋はゆっくりと語った。

この森より少し遠い場所で、とある老いた蝶が飾り屋達に声を掛けてきた。
《昔、遠い森で見た月光に輝く美しい白い薔薇が今でも忘れられないの。
どうか飾りで作ってくださらない?》
飾り屋達は聞いた言葉を頼りに彼女の為に飾りを作った。
それを見た彼女はとても喜んでくれたが、少し考えてさらにこう続けた。
《もしもあなた達がかの森に行くことがあったならこれを彼に渡してほしいの。風に任せて飛ぶことしか出来ず、もう飛ぶ力もほとんどない私ではもうあの森に向かうことは出来ないけれど…伝えてほしいの。

あなたの姿を忘れたことは一度もなかった、と。》


だから僕たちはその白い薔薇を探しに来たんですよ。と飾り屋は飾りを差し出して言った。
白い髪の老人は恐る恐る飾りを受け取り、じっと見つめると
「…ありがとうのう。」
とだけ答えた。

飾り屋達はその後老人に別れをづけ、その場から歩き出した。
するとトランクがふと気が付いて声を上げた。

『飾り屋、見て!月が!』

飾り屋が見上げるとあんなに厚い雲に覆われいたはずの月が切れ間から一瞬顔をのぞかせていた。
その時何かを感じた飾り屋はふと後ろに振り返った。

少し離れた森の開けた場所、さっきまで老人がいたその場所で、
飾り屋達は見た。


月光を受け輝く白い薔薇とその周りを楽しそうに飛び交う蝶の姿を―


そんな旅する飾り屋とトランクの話。


minne


Creema


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