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暮らし方を問いなおすUXデザイナーの旅

昭和生まれのUXデザイナー、PERIです。現在は顧客に対するITソリューションをゴールとしたデザイン・シンキング・ワークショップのファシリテーションによって導き出された課題やアイデアの整理、それに対するプロトタイプのデザイン・設計等が主な活動内容です。現在はそんな自分ですが、大量生産大量消費の時代に生まれ育ち、大学で専攻していたクラフト・プロダクトデザインのコースでも、プロダクトデザインの授業ではマスプロタクションを主軸としたものづくりを勉強したと記憶しています。ところがどうでしょう。1990年代後半に社会人デビューした我々”’76世代”は大学で触れたこともなかったインターネットやデジタルカメラ、携帯電話の登場で一気にアナログからデジタルへ世界が変革していくのを目の当たりにすることになります。生活は合理化、簡素化し、思想も日本では当時ゆとり世代を中心にバズりだした”LOHAS”というライフスタイルが急速にトレンド化していくのに対して、自身の生活習慣やものへの購買欲・購買行動は依然として衝動的で無駄が多かったと、そのギャップを振り返ることができます。
今回は、そんな昭和生まれの私がIBMという組織に入社しUXデザインを真剣に考えることを機に自分ごととして初めて日常生活で習慣化できた「ゆっくりと購買するか否かを考える購買行動」”スロー・バイ・ジャーニー”をいかに実体験したか、そのプロセスをお話ししたいと思います。

その前に、2021年8月に入社してからのこの丸2年とそれ以前の社会人生活を少し振り返ります。


IBMに入社して2年。大学に通い直しているような感覚。

私はこの2年間を振り返り、「IBMに入社してから、大学院に通っているような感覚だ」と周囲に話すことがあります。とにかく学びが多い。45歳を過ぎてUXデザインを本格的に極めたい、という気持ちでIBM入社後次々と初めて聞くビジネスの日本語・技術用語は数知れず。顧客のインダストリーに対するドメイン知識やビジネスの基本知識も足りず、調べたい事がたくさんありこの2年間Amazonで購入したものも、本がダントツに多いんです。(今はできるだけ図書館に通っています。) 技術知識はさておき、まさかここまで自分がビジネスで使う日本語を知らずに45年以上も過ごしてきたのか…と驚きました。(笑)

 2021年IBM入社当時の自宅の部屋。分からない言葉を書き出した付箋で壁が埋め尽くされ、勉強したい分野の本が山積みになっていった大変刺激的な時期。

THINK “考えよ“

IBMの創設者ワトソン氏がNCRの営業部長の際に唱えたモットー”THINK”は私の大好きな言葉です。入社時にこの言葉を知った私は、UXデザイナーとして、1人の人間として”THINK”をしてきたようでしていなかった自分に気づかされました。振り返ると、前述の通りインターネットが普及し始め、その頃主流となったDTP(Desktop Publishing)デザインや、HTML コーディングといった、デザイナーが1人でOutputデータまで完成させるツールや環境が確立する時代に社会人の前半を過ごしてきました。自ら制作したデザインをデータに起こし、コントロールしながら責任を持って最終データまで仕上げていくという一連の流れを自分の手を動かしながら実現してきたんです。良くも悪くも、この環境と習慣がデザイナーとして”感覚値””経験値”を育てやすい条件となった気がします。
上司や顧客から何か課題が与えられたら、まずスケッチブックにペンを走らせてスケッチを始めよ、と言われ続け手探りで作り始めていく世代。「考える」ではなく、まず何か少しでも作ってから考えたい、という根拠のない経験値による自信ができてきていたのです。それが正しい唯一のやり方であると考えていた節もありました。


共感(Empathy)と人間中心(Human-Centered)

さて、前置きが長くなってしまいましたが、このように感覚値や経験値を積み上げてきた私は、10年・20年とデザイン職を続けているうちに自然と自分の勘を頼りにする習慣がつき、周囲の意見や世間の動向を客観的に観察・分析する時間を少々おざなりにしていった気がします。その結果、まずは時間をかけてクローズな環境でデザイン・設計作業を繰り返し、最終的にステークホルダーや顧客に提案する際には相手の意図するものからかけ離れている事も多かったのです。どのデザインチームの組織の中でも、このプロセスは一見十分な共感ができておりアウトプットとしてもそれらしいプロダクトができていたようにも見えましたが、肝心のペルソナユーザーやステークホルダーの課題やペインを拾い上げぬまま進めているので、勘が外れれば当然無駄な作業になり、勘というものは根拠のない思い込みなのでその際に顧客に刺さったとしてもどこかで綻びが出ていたはずです。
このようなやり方に慣れてしまっていた私は、IBMのエンタープライズ・デザイン・シンキングを学び、顧客に寄り添って共感する事がまずは大きな学びであり、Human-Centeredな発見ができるきっかけになりました。


サステナブルな生活

ここまで話をすすめてくると、では、さてどんなにすごい事ができるようになったのか、なんて期待されてしまうかもしれませんが、今回は日々の日常生活で体験デザインをしたごく平凡な例をあげたいと思います。今回はそのStory.1。サステナブルな環境のために購買行動を変えられた例を紹介したいと思います。(サステナビリティに関する学術的なお話を深掘りしたい方は、一つ前の記事も是非読んでみてください。)


愛読しているサステナビリティに関する本たち

都内で同じくデザイナーでありプチ・ミニマリストの旦那さんとワンコで3人暮らしをしている私は、最近旦那さんと「無駄に買わない」「ゴミを増やさない」「家も環境もよくする」を少しずつ実践し始めています。お恥ずかしながら啓蒙的な何かや意識の高い精神性を目指して・・・ではなく、どちらかというともっと合理的に生活を楽にしたいという気持ちが2人の行動の起点となっています。
また上の写真にある様に、前職で出会ったベア・ジョンソン著「ゼロ・ウェイスト・ホーム」で同じく元々は大量消費型の生活を送っていた彼女とその家族が豪邸からミニマムな家に引っ越し、生活品のリユースの見直し・コンポスト・贈り物の概念に至るまで事細かに洞察し、生活で実践している様子に大変インスパイアされた事も、またサステナブルな生活を目指すきっかけになっています。

以前は迷わず粗大ゴミ扱いとしていた小型家電や家具類はジモティのサービスを使ってまさに近所に住む人を中心に安く譲ったり、無料で譲ったりしていますし、着る事のなくなった衣類は綺麗に整えて、「お疲れ様」と心で思いながら区が運営している古着回収の会場にスーツケースで持ち込んでいます。このサーキュラー・エコノミーに関しては次回また触れるとします。そんな風にリユースやリサイクルによるゴミ削減を目指した生活に変えられたのもUXデザイン=体験をデザインする立場から自分たちを取り巻く環境を考え直すことができたからだと思います。

昨年の社内UXデザインイベントで発表した「ジモティ・ライフ」におけるジャーニーマップ

日常でのUXジャーニー

こんな家庭でのある日の出来事です。海外旅行を目前にした私は、ツアーガイドのHPに記載されていた「現地では暑い天候の影響か、スマホのバッテリー消費が早い傾向にあります。モバイルバッテリーの持参を是非お勧めします。」との注意書きに目が止まりました。実は自宅には2つのモバイルバッテリーがあり、両方とも4-5年前に購入したものでどちらも使用上の問題はありません。ただ、4-5年も前の機器だと「古い」「動かなくなったら嫌だな」などの勝手な邪念が入り、Amazonで”ポチっと”してしまおうかな、という考えに至ってしまうのです。こういった生活上1人で陥ってしまう思考を客観的にみてもらう為には第3者の意見が有効です。私の場合、旦那さんに即刻確認するようにしています。

「モバイルバッテリーを新規購入しようと思っているんだけど・・・」
ここから、旦那さんによる無意識のデプスインタビューが始まります。
「確かにあのモバイルバッテリーは古めだけど、まだ使えたはず。」ここで私の頭の中がぐるぐると回り始めます。
「そういえばなぜ買う必要があったのだっけ?」と。

スロー・バイ・ジャーニーで大切な”Why”の繰り返し

インタビューは続きます。

旦那さん:「最近使ってみた?調子が悪いんだっけ?」
自分:「いや、数ヶ月前に使った時は問題がなかったはず」
旦那さん:「じゃあ、なんで買おうと思ったの?」
自分;「うーん、なんとなく古いから1週間の海外旅行で耐えられない気がしたから」
旦那さん:「なるほど。見た目的には大丈夫だったよね。ちょっと見てみようか」

ー持ち運びの良い小型の方のモバイルバッテリーをテーブルに出して2人で眺めてみるー

旦那さん:「うん・・なんか大丈夫な感じじゃない?」
自分:「そうだね。あれ・・なんで新品が必要だと思ったんだろう??」
旦那さん;「最近使った時に不具合を感じたんじゃない?」
自分:「あ、そうかも。あ!充電ケーブルだ。」
旦那さん:「ああ、あのケーブルね。Micro USBだからだ。」
自分:「そうそう、あれあまり使わないからどこか行っちゃった気がする。あと前回使った時にケーブルが短すぎてめちゃくちゃ使いづらかった。」
旦那さん:「ということは、モバイルバッテリー自体が悪いのではなく、充電ケーブルのMicro USBが悪かっただけだね。」

と、こうして何気ない会話の中で本質的な問題を発見し、一旦Amazonの買い物カートに入れたまま保留にして、ケーブルをチェックすることにしました。ここが”スロー・バイ・ジャーニー”です。

まず家中を探したら前回に使用したMicro USBケーブル(約20cm)が見つかったことや、そのケーブルが劣化気味だったこと、短さゆえに旅行先での充電のしづらさを想定するなどの発見ができ、その後、この検証を元に2人で会話をし、今回は50cmのMicro USBケーブル1点だけを購入することにしました。

4-5年前に購入したモバイルバッテリーと、今回購入必須だと判明した充電ケーブル

今回の買い物は、モバイルバッテリーではなく、モバイルバッテリーの充電ケーブルのみ、という結論に至るまでの所要時間は約1時間ほど、検証人数は2名です。

Amazonアプリを1人で見ながら、忙しさにかまけてあまり考えずにポチッとしてしまう、外出ついでに衝動的に買ってしまう、というシーンでは意思決定所要時間は恐らく2-3分でしょう。
2-3分を1時間にし、一旦カートに入れて考える、という”ゆっくりな購買行動”=”スロー・バイ・ジャーニー”の習慣化で、将来救える環境、削減できるリソースがどれだけあるかを今回実感する事ができました。

たった一つのモバイルバッテリーのことで大袈裟だな、と思われるかもしれません。でも、このような消費者の日常生活上での行動変革が、企業に対し需要変革を起こし、新しい価値の創出や技術の発展に繋がるのではと最近よく考える様になりました。

是非、みなさんもこの”スロー・バイ・ジャーニー”で、自分の本質的な必需品の吟味からスタートし、本当に必要なものだけに囲まれた、サステナブルな生活のUXをデザインしてみてください。
私も、このスロー・バイ・ジャーニーは今後も実践し続けていき、次回はこの購買行動を深掘りし、人々が商品情報に辿り着くまでの良すぎるアクセス、デジタル化された買い物の闇に隠れた浪費・消費・ゴミ化・環境汚染にも触れていきたいと思っています。

2023/08/01
PERI (江夏 恵理子)

'98美大卒業。在学中は工業デザイン・インテリアデザイン・クラフトデザインを学び、3年~4年の専攻ではプラスチックコースを選択しプロダクトやアートを制作しました。卒業後はデザイン事務所、メーカー、広告代理店、IT企業などでグラフィック・ウェブ・UIUXデザインなどのキャリアを経て2021年8月よりIBM クライアント・エンジニアリングのデザイナーとして在籍。メーカーや製造業のバックグラウンドを活かして現在も鉄鋼業や製造業のお客様を中心に活動しています。興味のあるテクノロジーはAIで、特に音声や自然言語を活用したソリューションを考えるとワクワクします。また制限のある中で今までなかったアイデア創出をすることが好きなので、気候変動などのサステナビリティが求められる課題に対してクリエイティブにイノベーションが起こせるか、などにフォーカスしています。モットーは、「何でも楽しむ」ことです。