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「台湾インバウンド通信」—変わる市場

台湾でマーケティング会社を経営している日本人が発信していきます。
noteで初めて始めます。
(少しだけ)ご期待ください。

初めての台湾

最近、日本とかなり”なじみ”ができてきた台湾そして台湾人ですが、昔からこれほどの親密感があったわけではありません。両国と両国人は、おそらくここ10年で急激に接近した感があります。どちらかというと、台湾から日本への片思いの時代があったように感じます 。

私が初めて台湾を訪問したのは、日本の旅行会社で働いていた時代でした。1987年。夜間外出禁止令が解かれてすぐ当たりです。日本はバブルのさなかでしたが、特段バブルの印象はありません。オーダーメイドの海外団体旅行を売っていたので、営業のノルマが毎年倍になっていったことくらいしか、バブルの印象も恩恵もありません。さて私は、NIESと呼ばれた、アジアの新興工業経済地域(韓国、台湾、香港、シンガポール)を巡り、デザイン事情を視察する業界団体のツアーの添乗で初めての台湾に来たのでした。

台湾は香港のような強烈な個性がなく、他のアジアの国に比べてもあまり特徴は感じませんでした。台北市内は碁盤の目のような都市で、まだ101ができるはるか前で高い建物はなく、少し地味でどこか京都の都心ような印象でした(当時私は京都と大阪の中間、高槻に住んでいました)。ホテルも食事も観光も、特にどうという印象はありませんでした。

しかしよく覚えているのは、バスの中でガイドから国民党の歌であろう、中華民国国歌(三民主義)の歌を教えられて、みなで合唱させられたこと。そしてベテランのガイドさんが、とっても懐かしそうに赤とんぼを歌ったことです。ああ、この方たちは、日本に対して悪い印象はないんだなと思いました。その30数年後に、まさか自分がここに住むようになるとは、夢にも思いませんでした。おまけに台湾人を嫁さんにもらうことも。

片思いから両想いへ

なぜか私は台湾に縁があるようで、台湾の女子大生が二人も実家にホームステイしたり、ラグビーの遠征で台湾に行ったりしているうちに、台湾人は日本が好きなんだなとか色々と気づいてきました。小籠包もはじめは大いに感動したものです。妻とはラグビー遠征で出会い、毎月12か月間台湾に通って結婚しました。台湾に子会社を作ったり、何かと絡んでいました。そして大きな事件が起きて台湾に住むことになるのですが、それはまた別の機会に。

ある日のこと、仕事中に大地震がありました。2010年の3.11です。外に出ると、マンション火災の火が噴出しており、多くの建物が揺れているのが目で見て分かりました。池袋から永福まで10キロ歩いて帰り、大震災を知ったのです。そしてほどなく、台湾の方々から200億円という寄付が寄せられたことも。

日本では、政治的忖度か、ほとんど報道されませんでしたが、長栄(海運のエバーグリーンや航空会社のエバー航空を持つ台湾の企業集団)の会長は、すぐに自費で6億円を寄付。国営の中華航空がまだ動かないうちに、自社の飛行機で寄付の支援物資をどんどん日本に運んでくれたそうです。会長が亡くなってから、駐在員同士のメールで知りました。でも日本政府は最高位の勲章は差し上げていたそうですが。

日本の人口の5分の1の国、平均所得はけして日本より高くない、そんな彼らしかも民間から震災後すぐに200億円の寄付。度肝を抜かれました。まさにこの時、日本国民は、台湾人の日本に対する熱き思いを知ったのではないでしょうか。私はここから、ようやく両国が相思相愛になっていった気がしてなりません。そのベースには、50年間の統治時代の歴史が間違いなく存在しているのですが、それも長くなるので別の機会に触れたいと思います。

日常の中にある日本

訪日台湾人統計

グラフは日本政府の訪日台湾人の統計です。このグラフがすべてを物語っています。大勢の台湾人が日本に行き始めたのはここ10年のことなのですね。おさらいしますと、台湾の人口は2,300万人で日本の5分の1ですが、海外渡航者数は日本と変わらない1,600万人。いかに海外渡航する国民かわかります。そのうちのなんと500万人が日本行です。

台湾の方々は享楽的で、食べることと旅が大好きです。もし「食+旅エンゲル係数」があれば、台湾は極めて高い数値になるでしょう。日本行の旅行が特に安いかというと、タイや韓国行と比べるとむしろ高いくらいです。それでも、台湾人は日本の食や旅に大きなお金を使います。日本からみると実にありがたい方々なのです。

この辺はいまさらながらの話ですが、政府統計によると2019年の訪日台湾人489万人のうち、85.6%が訪日リピーター。10回以上の訪日者は19.4%。当社社員でも、2,30回は当たり前です。日本は海外旅行ではない、という話もあるくらいです。台湾の喫茶店で、台湾人同士の会話の中に「リュウベン」という単語を頻繁に耳にします。こちらに住む日本人なら皆「あるある」になること間違いなしです。リュウベンとはもちろん日本です。

「台湾人の日常生活の延長線上に日本がある」といったブロガーが居ました。そうかもしれません。日本のドラッグストアで、いつも買う化粧品や薬、ケア製品、東京のあの店でいつも食べる日本食。台湾に多くの日本企業が進出している現在でも、なおさらに日本での消費が日常化しています。今やコロナで日本に行けなくなった台湾人の、「日本ロス」が話題になりますが、日用品のストックが底をついて、物理的にも困っているようです。

変化する日本の旅

さてグラフに戻りましょう。訪日台湾人が急増したここ10年ですが、内容が大きく変容したことがわかります。そうです。圧倒的に個人旅行が増えて、団体旅行が減っています。これは日本の旅行市場が数十年かけて体験してきたことが10年で一気に進んだという、劇的な変化なのです。


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