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書店員になりたかった想いをこじらせて

「私、大学生になったら本屋さんで働きたいんですよ」

高校を卒業した次の日、明日からは校則なんて関係ないからと友人とふたりで、美容室に髪を染めに行った。大学生を前にワクワクする私たちに、美容師さんはたくさん話しかけてくれた記憶があるが、何を話したかは覚えていない。ただ、「バイトは何をしたいの?」という問いかけに、「本屋で働きたい!」と力強く答えたことだけは覚えている。

本ではなく本屋が好きだった

以前、『本屋を美術館だと思っている』でも書いたように、私は高校生の頃、読書家ではなかった。

小説は、年に数回の読書感想文のために読んでいたようなものだし、本屋で買う本といえば、ファッション誌かタレントブックのどちらかだ。

それでも、私は「本屋」という空間が大好きだった。装丁が素敵な本が何冊も並んでいる、まるで美術館のような場所ーー美術品のような本を眺めていると、何時間でもそこに居られるような気がした。

そんな私だから、受験が終わっていよいよ高校生活も終わりというところで、親や友人から「バイト先はどうするの」と聞かれたとき、真っ先に想像したのは本屋だった。それに私はA型なので、本を綺麗に並べるのも向いているだろうと思った。実際、私の部屋の本棚は綺麗だった。

立ちはだかる「髪色」問題

だけど、私が本屋で働くには、ひとつ大きな壁があった。「髪色問題」だ。

私が大学生を迎えた年、地元には「蔦屋書店」のような砕けた本屋なんてものはなかった。本屋といえば、紀伊國屋か喜久屋かジュンク堂。そのなかでも家の近くの紀伊國屋がすごく大きかったので、紀伊國屋で働くことに勝手に憧れていた。

スマホで「紀伊國屋 バイト」と検索する。すると、どうやら紀伊國屋のような大きな本屋は、明るい髪色はNGなようだった。

「終わった……。私は明るい茶髪にするのが高校生からの夢なのに……。」

意気消沈した私は、スマホの画面を閉じた。髪色をとるか、本屋をとるか。当時の私にとっては、人生を揺るがすぐらいの究極の選択だった。

実はあの日、美容院で発した「私、大学生になったら本屋さんで働きたいんですよ」の後には、こんな言葉が続く。

「でも、髪色が暗い色じゃないとダメみたいで。どうしよっかなぁって迷ってます(笑)」

本屋で働きたい。でも明るい茶髪にしたい。初めて美容室で髪を染めながら、私は矛盾したふたつの想いを抱えていた。

結局、大学に入学した私は、茶髪をとった。なぜならあの日、茶髪にしてからというもの、「その髪色似合うね」と友人から褒められることが度々あったからだ。

誰だって「似合う」の言葉は嬉しい。ましてや乙女心をたっぷり抱えた大学1年生。どうせなら、似合う髪型のまま学生生活を送りたい。

タウンワークでは、「髪色自由」にチェックを入れてバイトを検索した。「本がダメならCDに囲まれよう」と、タワーレコードに応募してみたりもした。最後の最後まで、本屋に応募は一通も出さなかった。

思ったより私、本屋で働きたかったんだな

大人になった今、「なぜもっと本気で、髪色自由な本屋のバイトを探さなかったのか」と思う。というのも、「本屋でバイトしてみたい」という思いがアラサーになってもなお、亡霊のように付き纏っており、本屋に足を踏み入れるたびに、「あの時、本屋でバイトしていたらな」と、ありもしない過去に想いを馳せてしまうからだ。当時の私が思うより、「本屋で働きたい」という思いは強かったのである。

思い返せば大学に入学した年、髪色が自由な本屋のバイトというものは、たしかに地元にはなかったものの、一人暮らしをしていた大阪にはあったと思う。

現に大学2年生の頃、「ベストセラーは置かない」と謳ったブック&カフェを梅田に見つけた。ベストセラーが置いていないだけあって、見たことのない装丁の本がずらりと並ぶ、私にとっては夢のような本屋。そういえば、あそこの店員さんは、金髪の人もいた気がする。

その頃は、すでに働いているバイトが楽しかったので、本屋で働きたかったことなんて忘れてしまっていたが、大学に入学する前に、あの本屋を見つけていたら、もしかしたら本屋で働いていたのかもしれない。

「本屋は暗い髪型じゃないとダメだから」と決めつけて、大阪の都会さを知らないで、まともに本屋探しをしなかった過去の自分を悔しく思う。

もしも時を戻せるなら、大学1年生に戻りたい。そして髪は憧れの茶髪に染めて、本屋で働きたい。

「似合うね」と呼ばれる髪型で、本を品出しして、梱包して、発注とかかけられたら、どんなに幸せだろう。もしかすると、読書の楽しさにも、10年はやく気づけたのかもしれない。

「ああ、いいな。本屋のバイトっていいな」

もうアラサーになるが、そんな想いをこじらせている。本屋のバイトの亡霊は、今日も私から離れてくれない。

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