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えみりあ/emilia
2024年6月1日 15:35
買い物でもらった紙袋を使い回すのはよくあるが、今目の前にある紙袋は袋の口が開かないように、店のロゴがプリントされたシールで封がされている上に、持ち手のところに濃いブルーのリボンが結ばれている。誰かへのプレゼントだろうか。埃の匂いのするこの部屋の中で、その紙袋だけが清い空気をまとって、なんだか浮いた存在のように感じた。(そういえば、信子さん、ブランドの買い物袋持ってたけど……)瑠璃は、信子が
2024年5月31日 14:00
瑠璃はホットプレートの汚れを取る手をせわしなく動かしたまま、信子に気づかれぬよう、注意深く観察した。白髪のショートヘアーは丁寧にブローしたのか艶々していて、赤い口紅の艶と相まって華やかに見える。これは、外向けの信子の姿だ。外出や来客の予定がある時の信子はわかりやすい。店はおろか、大将である主人なき今でも、有名寿司店の女将のプライドは健在なのだろう。信子は、瑠璃に見られていると気づいていない
2024年5月30日 11:11
「瑠璃さん、山手の一等地で3400万。安いぞ」電子音が割り込む。電気ポットのお湯が沸いたらしい。瑠璃は無表情の義人に執念のような、何か不気味なものを感じて慌てて背を向けた。3月まで住んでいた街では、旧耐震基準で建てられたビンテージのマンションでも、利便性の高い都心部なら、リノベーションの費用を含めて50平米・2LDKくらいの広さで1億円近い値段をつける物件もあった。それに比べたら、山手の家
2024年5月29日 13:57
瑠璃は真と結婚すると決めた時、いつか真の転勤に帯同する日が来ることを暗黙のうちに承知していた。転勤先はどこになるかわからない。日本国内かもしれないし、場合によっては海外の可能性もある。ただ、まさか、真珠を出産する2ヶ月前に転勤の辞令が出るとは思わなかった。実際に転居したのは真珠の出産1ヶ月前。臨月を迎えようという頃だった。無茶振りに近い転勤で、瑠璃が救いだと思ったことが2つある。1つは真
2024年5月28日 10:44
瑠璃は電気ポットの蓋を開けると、2つある蛇口のうち小さい蛇口の方の水をポットに入れ始めた。この家のキッチンには普通の水道水が出る蛇口とは別に、浄水器の水が出る小さな蛇口があった。浄水器の水は一度にたくさんは出ない。細い水の流れを、時間をかけてポットに溜めていくしかない。ふと、足元が涼しくなった。幸代が冷蔵庫を開けているからだろう。幸代は冷蔵庫の中を眺めて首を傾げていたが、納得したのか扉を閉
2024年5月27日 19:28
ホットプレートのガラスの蓋に、幸代の覗き込む顔がうっすらと映った。「あら、やだ。汚れてるわね」「あ、洗います」立ち上がると、幸代の両手が伸びてきてホットプレートを掴んだ。華奢な幸代とは思えぬほど、力強い。「貸してちょうだい。綺麗にするわ」瑠璃は「キッチンはその家の奥さんの縄張り」と、実家の母が言っていたのを思い出した。この家のキッチンの主導権は幸代にある。瑠璃は幸代に従うことにした。
2024年5月26日 11:01
リビングの窓から海が見えた。傾きかけた太陽の光を浴びて、船がゆっくりと進んでいる。熊や鹿、キツネが当たり前に出るような山で生まれ育った瑠璃にとって、この景色は新鮮で見飽きることがない。舅の義人から「いずれこの家はお前たちに相続させる」と、言われている。瑠璃はこの景色が気に入っているし、息子の真珠にもこの景色を見せたいので相続の話は大歓迎だが、夫の真はあまり気乗りしないらしい。真珠は半袖と短
2024年5月25日 14:02
あらすじ小川瑠璃は夫の真、まもなく1歳になる息子の真珠と3人暮らしをしている。義理の両親・義人と幸代から、所有するマンションが売れないと相談された瑠璃たちはその家への引っ越しを決める。そのマンションは、義人の家に身を寄せている、義人の姉・信子から買い取った築40年を超える物件で、人気の高いエリアにあっても売りに出してから1年経っても売れなかった。引っ越しを決めてから、瑠璃の身の回りに不審なこと