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山手の家

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#連載

山手の家【第14話】

山手の家【第14話】

「5日間のお盆休みが土日祝日含めて10連休になった」
そう喜んでいた真のお盆休みも中日を迎えた。
連休とはいえ、特別なことは何もしていない。
連日暑さが厳しいので真珠を連れて外出するのも気が引けてしまい、涼しい午前中に散歩がてら近所のショッピングセンターに買い物に出かけて、その日の食材を調達する日々を送っていた。
美容室に出かけると言って昼過ぎに出かけた真が神妙な面持ちで帰ってきた。
「ずいぶん時

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山手の家【第7話】

山手の家【第7話】

瑠璃はホットプレートの汚れを取る手をせわしなく動かしたまま、信子に気づかれぬよう、注意深く観察した。
白髪のショートヘアーは丁寧にブローしたのか艶々していて、赤い口紅の艶と相まって華やかに見える。
これは、外向けの信子の姿だ。外出や来客の予定がある時の信子はわかりやすい。
店はおろか、大将である主人なき今でも、有名寿司店の女将のプライドは健在なのだろう。
信子は、瑠璃に見られていると気づいていない

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山手の家【第6話】

山手の家【第6話】

「瑠璃さん、山手の一等地で3400万。安いぞ」
電子音が割り込む。電気ポットのお湯が沸いたらしい。
瑠璃は無表情の義人に執念のような、何か不気味なものを感じて慌てて背を向けた。
3月まで住んでいた街では、旧耐震基準で建てられたビンテージのマンションでも、利便性の高い都心部なら、リノベーションの費用を含めて50平米・2LDKくらいの広さで1億円近い値段をつける物件もあった。
それに比べたら、山手の家

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山手の家【第5話】

山手の家【第5話】

瑠璃は真と結婚すると決めた時、いつか真の転勤に帯同する日が来ることを暗黙のうちに承知していた。
転勤先はどこになるかわからない。日本国内かもしれないし、場合によっては海外の可能性もある。
ただ、まさか、真珠を出産する2ヶ月前に転勤の辞令が出るとは思わなかった。
実際に転居したのは真珠の出産1ヶ月前。臨月を迎えようという頃だった。
無茶振りに近い転勤で、瑠璃が救いだと思ったことが2つある。
1つは真

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山手の家【第4話】

山手の家【第4話】

瑠璃は電気ポットの蓋を開けると、2つある蛇口のうち小さい蛇口の方の水をポットに入れ始めた。
この家のキッチンには普通の水道水が出る蛇口とは別に、浄水器の水が出る小さな蛇口があった。
浄水器の水は一度にたくさんは出ない。細い水の流れを、時間をかけてポットに溜めていくしかない。
ふと、足元が涼しくなった。幸代が冷蔵庫を開けているからだろう。
幸代は冷蔵庫の中を眺めて首を傾げていたが、納得したのか扉を閉

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山手の家【第3話】

山手の家【第3話】

ホットプレートのガラスの蓋に、幸代の覗き込む顔がうっすらと映った。
「あら、やだ。汚れてるわね」
「あ、洗います」
立ち上がると、幸代の両手が伸びてきてホットプレートを掴んだ。華奢な幸代とは思えぬほど、力強い。
「貸してちょうだい。綺麗にするわ」
瑠璃は「キッチンはその家の奥さんの縄張り」と、実家の母が言っていたのを思い出した。
この家のキッチンの主導権は幸代にある。瑠璃は幸代に従うことにした。

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山手の家【第2話】

山手の家【第2話】

リビングの窓から海が見えた。傾きかけた太陽の光を浴びて、船がゆっくりと進んでいる。
熊や鹿、キツネが当たり前に出るような山で生まれ育った瑠璃にとって、この景色は新鮮で見飽きることがない。
舅の義人から「いずれこの家はお前たちに相続させる」と、言われている。
瑠璃はこの景色が気に入っているし、息子の真珠にもこの景色を見せたいので相続の話は大歓迎だが、夫の真はあまり気乗りしないらしい。
真珠は半袖と短

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山手の家【第1話】エピローグ

山手の家【第1話】エピローグ

あらすじ小川瑠璃は夫の真、まもなく1歳になる息子の真珠と3人暮らしをしている。
義理の両親・義人と幸代から、所有するマンションが売れないと相談された瑠璃たちはその家への引っ越しを決める。そのマンションは、義人の家に身を寄せている、義人の姉・信子から買い取った築40年を超える物件で、人気の高いエリアにあっても売りに出してから1年経っても売れなかった。
引っ越しを決めてから、瑠璃の身の回りに不審なこと

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