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何故「声優のアイドル化」が止まらないのか?ガラパゴス化した日本の芸能界の闇に潜む「やりがい搾取」の構造

最近何故だかおすすめに声優関連が出てきて、その中に「ふたりはプリキュアSplash☆Star」のキュアイーグレット・美翔舞役を演じた榎本温子の公式チャンネルの動画が上がって来る。
久々にキュアブルーム・日向咲役を演じた樹元オリエと制作当時の秘話を語ってくれているので、ファンの方はぜひ見てみるといいだろう、リンクを以下に貼っておく。


今回取り上げたいのは決して撮影の裏話ではない、そんなものに私は1ミリも興味がないし、裏話というからにはもっと意外な話が聞けるのかと思いきや割と普通の話なので情報の質が低い。
また、私はあくまで「作品のファン」にはなっても「役者(声優)のファン」になったことはないし、彼女たちが現在どういうご活躍をされているかもどうでもいい話である。
それよりも今回話題として取り上げるのはその榎本温子がAbemaPrimeで激論していた「声優のアイドル化」についてであり、どうやら今の声優は単に「声で芝居ができる」だけでは物足りないらしい。
三ツ矢雄二曰く「オーディションの段階から「ダンスや歌はできますか?」「写真撮影は大丈夫ですか?」と聞かれる。僕らが声優になりたての頃はそんなものはなかった」とのことだ。

そして榎本温子は正にその「アイドル化した声優」の1人としてデビューしたらしく、90年代後期にはもう「声優のアイドル化」が始まっており、「何で自分がこんなことをしなければいけないのか?」と思ったらしい。
私に言わせれば「何を今更」という話だが、ちょうど今世間で賛否両論の侃侃諤諤が生じているジャニーズも含め、ガラパゴス化した日本の芸能界の闇に潜む「やりがい搾取」の構造を論じておこう。
同時にこれは私が芸能界に行こうと思わなかった理由にもなっているので、個人的な所感も多少は交えつつ、改めてこれからクリエーション業界を目指す人たちにとって考察のきっかけにしてもらえると有難い。
一見無関係に思われる「声優のアイドル化」と「ジャニーズ性加害」の話も、よくよく見ていけば深層の部分では1つに繋がっているのである。


そもそも役者という仕事は儲からない

私は子供の頃から散々「そもそも役者という仕事は儲からない」という話を聞かされているので芸能界を目指そうと思わなかった、という話を最初にしておかなければならない。
今まで口外したことはないが、70年代のある時期、私の父はかつて某テレビ局の裏方のスタッフとして働いていたことがあり、当時の業界の構造や現実をよく話していた。
信じられない話だろうが、実はその時まだ無名だった、赤塚不二夫にプロデュースしてもらったばかりのタモリとラジオで何度かご一緒したこともあるという。
その頃のタモリは今のような国民的MCとしてここまで売れっ子になるなどとは思っていなかったらしいし、またテレビの企画に関しても「こういうのはほとんどやらせ」と裏側の構造をよく話していた。

そして一番言っていたのが「芸能界においてタレント業一本で食べていけるのはほんの一握り。後のほとんどは裏で何かバイトや副業を掛け持ちしながらのカツカツの貧乏生活だ」である。
父も決して裏方として優秀な方ではないと言っていたから、そういう話を一次情報として聞かされていた私も兄も弟も、いわゆる「芸能界に入りたい」などという憧れを抱くことは一切なかった
もちろん作られた作品を見て「面白い」と思うことはあるしサブカルチャーは基本的に好きではあるが、「好き」であることと「仕事で食べていく」ことは全くの別物であるという認識は昔から変わっていない。
「好きを仕事にする」なんて今や死語になりつつある言葉だが、この言葉が出て来た時「バカタレ!好きだけで食っていけるんだったら世のサラリーマンが苦しまずに済むんだよ」と私はずっと思っていた。

そんな私が芸能界を目指さなくてよかったと思うのは2014年の「ナカイの窓」という番組で役者たちが出た時に、高橋英樹や金子昇が「役者という仕事は基本儲からない」という話を聞いた時である。
曰く最初の作品は5000円しか出してもらえず食べていけなかったし、金子昇にしても1話で45000円程度しか貰えず食べていけなかったからバイトと兼業していたということを語っていた。
どれだけ視聴率が高かろうがグッズの売り上げが高かろうが、そのお金自体がキャストやスタッフの元には1円も入らず、あくまでも固定給で安く買い叩かれているのだという。
もっとも、戦隊シリーズやライダーシリーズはまだマシな方で、声優になるともっと厳しく1話15000円しか出ないからもっとカツカツで、アニメ出演した程度では食えないらしい。

最新版の声優ランキングTOP10を見ても、一番売れていると言われる林原めぐみでさえ7000万で億は稼げておらず、安易に1000万を超えているから稼げているなどと思ってはならない
そもそもこの7000万という数字自体が事実なのか盛っているかは謎に包まれているし、また内訳を調べてもほとんどが声優の仕事とは直接関係のない印税といったものだから労働収入ではないだろう。
当たり前の話だが、労働収入では稼げる額に限界がある、なぜならば稼げば稼ぐほど税率も高くなり、翌年の税金の高さに眩暈がしたという話を聞くのも珍しいことではない。
つまり「芸能界とはそもそも稼げない地獄の環境である」ということは覚悟して入らなければならないし、それならまだ一般企業でそれなりの収入を得る方がマシではないだろうか。

声優のアイドル化の原因は90年代が作り出した「アイドル+α」が原因

「そもそも役者は儲からない」ということを前提において話をするが、そもそも三ツ矢や榎本の語っている深刻な問題は何も今に限ったことではなく、昔からそうだったのである。
その上で特にここ数年は「声優のアイドル化」が問題視されており「声優は裏方の仕事である」という根本が損なわれ、「芝居をすること」が二の次三の次になっているらしい。
しかし、これに関しても「芸能界の第一線にいながらこの人たちはその原因がどこにあるかを分かっていないのか?」と呆れる他はない、少なくとも時代のトレンドを追えばわかることだ。
声優のアイドル化に関しては端的に言えば90年代以降の芸能界が作り出した「アイドル+α」がベースにあるからであり、その流れを決定的なものにしたのはSMAPである。

今や性加害問題で凋落したジャニーズだが、リアルタイムで生きていた私の皮膚感覚からすると、そもそもバブル崩壊の影響は芸能界にも大きな打撃を与え、いわゆる「アイドル氷河期」に差し掛かった。
そんな中で生き残るためにはアイドルは単に歌って踊れるだけではだめ、それとは別の「+α」が必要だったわけであり、アイドルがお笑いをやったり司会業やったりするのは当時としてはタブーに近かったのである。
しかし、そんな流れを世に認めさせてアイドルの長期政権を作り上げたのがSMAPであり、それがTOKIO・V6・KinKi Kids・嵐と続いていき、最終的にSMAPと嵐という二大国民的スターが誕生した。
ジャニーズが再び覇権を握ったことが当然ながら役者業にも影響を及ぼさなかったわけがなく、声優もただ声で演技ができるだけではない「+α」が求められるようになってもおかしくはないだろう

確かに三ツ矢や榎本が指摘する「声優のアイドル化」の問題点も理解はできる、しかしそれらはいわゆる「時代のニーズ」であり、文句を言ったところでその流れは止められるものではない。
ちょうど『新世紀エヴァンゲリオン』を皮切りにしてか、特に林原めぐみと宮村優子の台頭が象徴的だが、「ビジュアルも可愛いアイドルのような声優」が流行ったこともその流れを加速化させている。
だから、声優が「声で芝居ができる」などというのは今や珍しくも何ともないし、むしろ「それ以外に何を持っていますか?何をしていますか?」ということの方が重要なのだ。
声優のアイドル化とは言ってしまえば「声優+α」ということであり、お芝居やバラエティの司会ができるアイドルが誕生したなら、逆にアイドルができる声優が求められてもおかしくはない

だから、男性声優も女性声優も昔であれば緑川光や檜山修之、稲田徹などのように「声はカッコいいけどビジュアルはそうでもない」という人でも通用しただろうが、今はそれだと厳しいのである。
声優に鍵らずどんなビジネスもそうだが、いわゆる「参入に最も適した時期」があって、それは黎明期〜成長期までの立ち上がりの段階でファーストペンギンないしアーリーアダプターとして参戦することだ。
どんな業界でも大事なのはポジショニング(位置どり)と打率(実績)、そして運と縁であり、それらの様々な要素がかみ合った上でほんの一握りの人だけがそこの業界の大御所として食べていける。
つまりブルーオーシャンの時に参入するのが一番いいのであり、今の芸能界は誰がどう見てもあからさまなレッドオーシャンなのだから、入ったところで使い捨てにされるその他大勢ワンオブゼムにしかならない。

そういう厳しい現実があるというのに、わざわざ飛んで火に入る夏の虫になる馬鹿などいるまい、君主危うきに近寄らずである。

昔から何も変わっていない芸能界の「やりがい搾取」の構造

そこまで見た上で、アニメ業界も含む日本の芸能界の一番の問題は昔から何も変わっていない「やりがい搾取(従業員が仕事に対して感じる充足感や手応えを利用し、必要以上に労働させて余剰労働の利益を得る)」である。
ジャニーズの権力集中にしろ吉本の闇営業問題にしろ、そして声優のアイドル化と安くで買い叩かれている現状にしろ、これら一見無関係に思われる業界の根底にあるのはやりがい搾取以外の何物でもない。
そしてそれは戦後昭和の日本の芸能界を長らく支配してきたあり方であり、アニメ業界だけを見ても手塚治虫が経営していた虫プロの時代からアニメーションスタッフも声優も低賃金重労働を強いられていたようだ。
富野監督や宮崎監督らもこの件に関しては一貫して批判的であるが、まあそもそもクリエイターとしては超一流でも経営者としては下の下だった手塚治虫をモデルにしてしまったビジネスに無知な芸能界が悪い

また、私が好きな仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズですらこういうやりがい搾取の構造は存在しており、有名なのは初代「仮面ライダー」や「海賊戦隊ゴーカイジャー」あたりが有名だ。
特に私が聞いていて「トチ狂ってんのかこいつら」と思ったのが「ゴーカイジャー」第1話の冒頭にあるレジェンド大戦、ボーリングのピンみたいに並ぶ気持ち悪い199の戦士たちのシーンである。
あのシーンはレギュラーのスーツアクターのみならずエキストラで動ける日雇いのスーツアクターも起用したらしいのだが、あんな重労働をさせた対価・報酬がまさかの手弁当だったらしい
しかもそれを美談のごとく語っている宇都宮孝明の倫理観の狂いっぷりにも唖然とした、あんなに激しい戦いを動きにくいスーツ着てやったんなら日当1万〜2万円くらいは普通に出せよ

これが予算も大してないカツカツの自主制作の集団ならまだわかるが、曲がりなりにも年間何百億という大金を動かしている天下の東映でさえこんなアホなことをしているのである
そういえば2年ほど前にも東映の労働基準がどうのこうのと騒がれたことがあったが、大手でさえもこんな感じなのだから、いきおい日本の創作業界が全体的にガラパゴス化しているのはいうまでもない。
そうやって人材を大切にせず使い捨てにして、低賃金で重労働させるなんて旧態依然としたビジネスや経営のモデルを刷新しなかった体たらくが今こうして業界全体の問題として噴出している。
運営側に少しでも罪や恥じる意識があればまだ改善できていたかもしれないが、それに向き合わず怠ってきたから日本のクリエーションが世界で勝負できるクオリティがありながらも世界進出ができなかった。

文化的土壌が貧しいと言ってしまえばそれまでだが、そもそも日本は海外に比べて経営戦略が下手くそな無能が多すぎて、資金繰りや資産運用がまともにできない国なのである。
だから、どれだけ現場レベルでクオリティーの高いものが出来たとしても運営側・経営側が無能なままだから変わらないという構造がいまだに続いているのだ。
それこそ今アニメーション制作会社を始め、日本の芸能界に本格的に労基署をはじめとする監査が入ったら民事・刑事を含めていろんな埃が出てくるのではないか?
今までは暗黙の了解で済まされていたやりがい搾取の構造もこれからは通用しなくなってくるであろう、ただでさえ今コンプライアンスにはうるさい時代だから。

クリエイターなんて「なりたい」と思ってなれるものではない

そして最後に、これはもう業界人なら誰もが口を揃えていうことであろうが、そもそもクリエイターなんて「なりたい」と思ってなれるようなものではないということだ。
声優になりたい、役者になりたい、アニメーターになりたい、映画監督になりたいと憧れるのはもちろん個人の自由だし、それを本当に実現させてきた人もたくさんいる。
それこそ榎本温子だって小さい頃からサブカルチャーが大好きなオタクだったのがその憧れを引きずって声優になって現実とのギャップに苦悩しながらも、生き残ってきたのだ。
だが、彼女のような例はほとんど稀であり、声優も俳優もアニメータも結局は「お仕事」「職業」の選択肢の1つでしかないから、世間一般の企業勤めと本質的な差はない。

そもそもクリエイターというか、芸術なんて人間の衣食住には直接の関係はないのだから、本来なら「なくてもいいもの」のであり、なくなったところで困らないのである。
ただ、ないよりはあった方が人生に彩りが出るし感受性も豊かになり、それが文化を作っていくということから、あくまでも「娯楽」として楽しまれるべきものだ。
そして何よりクリエイターとして一番大事なのは「作品を作りたい」という情熱と産みの苦しみであり、それを楽しむことができるかどうかも大事なことであろう。
近年はどうにもその辺りのことをきちんと内省もせず、ただ外側から見えるキラキラとした輝かしい面だけを見て「なりたい」と口にする若者がどれだけ多いことか。

私自身はエンターテイメントが好きだし、だから映画なり漫画なりといった娯楽も沢山見ているが、だからこそ安易にそれに自分がなるとかなりたいとかは思わないのである。
基本的に食っていけないレッドオーシャンとし化した旨味のない今の日本の芸能界の構造を昔から今までずっと見聞きしてきたのを知ると、そんな環境で自分を潰したいなどとは思わない。
いろんな縛りや犠牲が発生するのに対価として得られるものがあまりにも少なすぎる、こんな報われない仕事を一生続けていけるなんて口が裂けてもいえないのである。
にもかかわらず志望者だけはアホみたいにいるのだから、現実が見えていないバカばっかりなのだろうなあということが今回の問題で改めてわかったことだ。

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