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「君がこの手紙を読んでいるということは」NEMURENU51thへの応募 サブタイトル「ぼくは女神と暮らしていた」



母が死んだ。

両親が離婚したときに、ぼくは父親に引き取られた。
母はひとりぼっちになってしまったけど、まだ12歳だったぼくにはどうすることもできなかった。

ただ、ただ、母が恋しかった。

友達がお母さんが作った弁当を持ってくるのが、死ぬほど羨ましかった。
ぼくの弁当は、ばあちゃんが作るので、どこかダサい。
色合いとか考えていない。
友達弁当にはぷちトマトやブロッコリーで色合いがキレイなのに、ぼくのは昨夜の残った煮物だけのことが多かった。

だから、ぼくはできるだけ早く食べて、みんなに中身がバレないようにしたものだ。

小さいぼくの記憶の母(というかママ)は、
グラタンとシチューが得意だった。
なにせ、バターと牛乳と小麦粉だけでホワイトソースを作るのだ。
だからぼくは、ママが作ったもの以外のシチューやグラタンが食べられなくなってしまったくらいだ。

僕が高等大学に入ったとき、父に内緒でぼくに会いに来てくれた。

目もくらむようなホテルのスイートルームで、ママは相変わらず若くて綺麗だった。

大学入学のプレゼントだと言って、ものすごく高級なレストランに連れて行ってくれた。
こんな学生風情に大金を使っていいのか?と思ったが、ママはそれを見抜いたように
「思い出にお金をかけることは、悪いことではないのよ」と言って笑っていた。
夢のような数日が過ぎて、ママも、ぼくもまた、日常に帰っていった。

まさかあれが永遠の別れだなんて、思ってもいなかった。

ママは、昔から変なものを買うことが多かった。
水晶とか、変な石とか。

まだ、離婚する前だったけど、ママはネットでお小遣いを作って、それをなんと株で増やしていたのだ。
仮想通貨とかがまだ一般的になる、ずっとずっと前のことだ。

だけど、ママみたいな一般人が家事の片手間に驚くほどの大金を作ってしまった。
父はそれを疑っていたんだけど、ぼくはママとずっと一緒にいたから、怪しいもへったくれもあったもんじゃない。
ただ、普通に自分が欲しい銘柄だけを買っているようだった。

それで儲けたお金は、なんと貴金属だの、金だの、プラチナだのに変えてしまって、ぼくの父は激怒していたものだ。

新築一戸建てを買ったばかりだったのだ。
それも、ママが『ここにお家を建ててほしい』と、父にねだって買ったものなのだ。
父からしてみれば、都心に一戸建てを買うなどということは、清水の舞台から飛び降りるよりももっと勇気がいることだったに違いない。

だから、少しくらいは、住宅ローンを助けて貰いたかったんじゃないかと思う。

でも、ママは、儲かったお金を全部そんな風にして使ってしまったものだから、父はとうとう、いわゆる浮気というものをするようになってしまった。

それに、ママには変な癖があって、ときどき二日くらい寝ている時があった。気が付くとお昼寝したりと、やたら睡眠時間が長い人だった。

それを、父はあまりよく思っていなかったみたいだった。
ママを一目惚れした父は、毎週贈り物をしたり、毎日のように仕事のお迎えに行ったりして、
やっと結婚できたみたいだったけど、ぼくがママのおなかの中に入ったときに、ママは、あまり父を構わなくなってしまったみたいだった。

ぼくが生まれたら、生まれたで、総領だの跡継ぎなどと言って、とっても喜んでいたくせに。

そうそう、ママがたった1年でサラリーマンの退職金ほど儲けたときはすごかった。
ママはまだ若くて、どこかのお嬢さんみたいに見えた。
そのママが座っているのは、某証券会社のセンムとかいう凄いスーツを着ているオジサン達の前なんだ。
目の前には、きれいなお姉さんが置いていってくれた紅茶のポットに、ぼくにはオレンジジュースを出してくれた。
更に、美味しそうなマドレーヌがあって、きれいなお姉さんは、ぼくに
『たくさん食べてね』と言って、ニッコリ笑った。

ママが全部解約することをやめさせようと、説得していたみたいだったけど、お嬢さんみたいなママは意外に強かった。
ガンとして、解約すると言って全部現金にしてもらったのだ。
そのときに見えたお金の束のいくつかを、ママがハンドバッグに入れたのが見えた。

その日のうちにママはそのお金で、でっかい指輪とかネックレスとか、警備員がたくさんいるようなところでハンドバッグを買ったりしていた。

ぼくも欲しかったゲームと、本を買ってもらってとてもうれしかったのを覚えている。

「この指輪もネックレスもね、」と、ママはぼくの目を見ていった。

「ご飯が食べられなくなったら、お米やパンに変えたり、食べ物と取り替えて貰うのよ」

ママのネックレスや指輪なのに、なんでお米とか食べ物に変えるのか、そのときのぼくにはわからなかった。

「これは全部、ユウ君のものだからね」ママはそう言ってニッコリした。

その意味が分かったのは、あれから20年経ってからだった。
日本は戦後50年で復興したそうだけど、ある時期を経てからは、20年でボロボロになってしまったんだ。
まあ、これは日本だけじゃなくて、地球規模のものなんだけれど。
ママが死んだのははやり病なんかでもなく、ガンでもなく、医者でもよくわからない突然死だった。
はやり病専門の病院が建てられてからは、病院も普通に機能するようになっていたから、
ママは最初病院に送られたんだけど、ぼくが駆け付けたときには、もうママは息をしていなかった。

今、地球では墓地がなくなってしまった。
それは可能な限り食料を確保するためと、土葬などではやり病を蔓延させないためなんだけど、
ぼくはママとお別れするときに、ママの金色の髪の毛を一房と、爪を切って人口ダイヤでできている箱に仕舞った。

世界は、食料不足となり、みんなは自分の家の庭に、お芋を植えたりかぼちゃを育てるようになっていった。
水ははやり病のときにやたらと消毒用エタノールを使ってしまって、世界中の水が汚染されてしまった。
だから、ぼくが今飲んでいる水も、1リットル25000円もする。
買えない人は、汚染されたままのドロドロして泡が立っている水をそのまま飲んでいる。
当然長生きなんかできないから、地球で生きているのは、一定以上の富裕層だけになってしまったのだ。

父が買った一戸建ては、驚いたことに国が経営する牧場になることになって、もの凄いお金が入ってきた。

父は、はやり病であっけなく死んでしまったから、その莫大なお金は、全部ぼくのものとなった。

家を建てたときに、団体信用生命保険に入っていたから、僕の負担といえば相続税くらいだった。

この家だって、ママが「この場所に」、とかなり拘っていた土地だった。

ママがもしものときには、この貴金属を食べ物に変えて貰ってね、と言っていた指輪やネックレスや、高価なハンドバッグも売らずに済んだ。

今、ぼくたちは結婚しなくても、希望をすれば子どもを作って貰えるシステムになっている。
たとえば、爪とか髪の毛をほんのちょっと国に送るだけで、自分が希望した性別や性格、頭脳、肌の色や髪の色まで指定できる。

だけど、こんな世の中で、子どもを欲しいなんて言う人はとても少ない。
だって、自分たちが生き延びるのが精いっぱいなんだから。

ところで、ママがせっせと買っていた指輪とか貴金属とかハンドバッグは、意外なところでぼくを助けてくれたんだ。

今、地球には、いろんな星の人、つまり宇宙人が取り引きにやってくるようになっていた。

ママが1年で作ったお金で買ったもの、つまり金やプラチナは、星が一つ買えるほどの希少価値のあるものだった。
ハンドバッグに至っては、それを作れる職人がいないということで、値段がつけられないほど高価なものになっていた。もうひとつぼくを助けてくれたある技術がある。

それは、「マクラメ編み」だ。
ぼくは小さいときに、あまり外で遊ばない子どもだった。

その代わりにママとやっていたのは、このマクラメ編みだった。
あやとりみたいに、手で編んでいく手芸だ。
木綿糸でも毛糸でもなんでもいい、紐さえあれば小さいものなら1日で編むことができた。
ぼくはそれを機械でも、どんな素材でも編めるように開発して、ある星と取り引きして更に大儲けができた。
つまり、草木でも服みたいなものも作れるし、カーペットだって、ハンキングだってつくれてしまう。

それから、花の種だ。
ママは花の種をいつも大切そうに収穫していた。
たった一粒の種から、キレイな花をたくさん咲かせていた。
ぼくの家は、ママがいなくなるまではさながら、花屋のようだった。

その種が、宇宙では採れないものらしい。
すべて食べられるものの種しか保存していなかったから、いわゆる「鑑賞」するための花は、
贅沢なことになっていたのだ。

それらは他の星から多大な評価を得た。
たった1粒のゴマよりも小さな種が恐ろしい金額で取り引きされていく。
でも、それはまた、宇宙中に流行ってしまうだろうから、花の種の商売だけは1度きりだと考えていた。

ぼくが考えていた宇宙像とはまるで違っていた。

地球はもう汚染されているし、ぼくは子どもをひとりだけ作って、ある星に移住することにした。

子どもは、女の子だ。

ぼくの髪の毛ではなく、ママの遺髪と写真を使って作った子どもだ。
つまりはクローンだ。
地球では、このクローン技術を宇宙に売って取り引きしているようだ。

さて、思い出の残っている地球ともそろそろはおさらばだ。
ぼくはぼろぼろになった紙切れを取り出した。

『君がこの手紙を読んでいるということは、もうママは君のそばからいなくなっているのでしょうね。
ママのプレゼントは役に立ちましたか?

ママはもともとセピアール星からやってきた宇宙人だったの。

地球という星にはカナシミやコドクというものがあって、お金という宗教があると聞いてやってきました。
縁あって、パパと結婚して君を産んだけれど、想像していた以上に地球での暮らしは大変でした。
ママはよく寝てばかりいて、パパから叱られていたけれど、ママのいたセピアール星は、1日が12時間だったの。
だから、最後まで適応できなかった。
その代わり、未来を視ることはできたから、パパに頼んで土地を買って貰ったり、自分で金やプラチナを買ったりした。

ママは宇宙人だったから、子どもは1人しか産むことができなかった。
だからせめて、ユウ君がお金に困らないようにしたかった。ママには地球の未来が見えていたからね。

ユウ君と離れてからは、毎日、毎日ユウ君の夢ばかり見ていました。
赤ちゃんだったころの、小さくてかわいいユウ君、
幼稚園バスに乗るのを嫌がって、泣いていたユウ君、
たくさんのお友達ができた小学校、そんな夢ばかり見ていました。

君がこの手紙を読んでいるということは、ママはもう死んでいるのでしょうね。
地球では、男の子は跡取りとかいう名目で、出産してからも喜ばれるものなのね。

セピアール星では、どちらの性でもみんなはとても喜んでくれたから、ママにはとても驚きました。
だから、離婚したときにパパに取られてしまったのね。

地球はもうこりごりです。
ニンゲンは嘘ばかりついて、自分のことしか考えないし、本当に愛している人と結ばれるという意味を知らないの。
だからニンゲンは浮気をするのよ。
そうじゃない人もたまにいるけれど。

セピアール星は、愛に満ちた星です。
愛は偉大です。

ママの魂は、そこに還ります。

愛するユウ君へ。    ママより』

今ではネットは全て管理され、内容を他人にいともたやすく見られてしまっているので、

大切なことはめちゃくちゃ高い紙や、羊皮紙を購入して、それに書いて残すことが慣習になっていた。

この手紙もまた、僕の宝物だ。

そして、地球脱出組も結構いるものだ。

みな、前々から準備していたらしい。
ぼくは小さな女の子の手を引いていった。

「もうすぐ、地球を出発するよ,Terra(テラ)」

Terraは嬉しそうな眼でぼくに笑いかけた。

ママの遺伝子を使ったTerraは、ママに顔が似ているばかりではなく、ものすごく頭ががいい。
生まれたあとの診断で脳を100%使っている珍しい子どもだということで、研究対象にしたいと言われたが断った。

ママは、脳を100%使っていたのだ。
でもそれをひけらかすこともしないで、ぼくのために愛を与え続けてくれていたのだ。

さよなら、地球。
さようなら、ぼくがうまれた星……

そのころ、1通の手紙をリエラは受け取っていた。
差出人は、彼氏のユウだった。

「君がこの手紙を読んでいるということは、もうぼくは地球から脱出していることだろう。
君が大好きなお金は、君の口座に振り込んでおいたよ。
リエラはぼくと結婚したがっていたけど、リエラがすきだったのは、ぼくじゃなくて、ぼくのお金だったんじゃないのかな?

このお金があれば一生暮らしていけるし、君も美しく、まだ若いから新しい伴侶を見つけることなんて簡単だろう。ぼくはそう信じている。

ぼくは本当の愛が満ちている星にいくつもりだ。

さようなら、リエラ。
ぼくが初めて愛した女性へ」

その女性はその手紙をくしゃくしゃに丸めると、
「ふざけんな!!!マザコン野郎!」と言って、手紙をダスターに投げ込んだ。

でもすぐに笑顔になっていた。
なぜなら、リエラの口座には手紙に書いてあった通り、一生安楽に暮らせるだけのお金が振り込まれていたからだ。

                           了