OPEN NAKAMEGURO という場所。
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OPEN NAKAMEGURO という場所。

こんにちは。
井上です。

今回は直営店の一つ、OPEN NAKAMEGUROのお話。
過去に OPEN NAKAMEGURO に関する記事をいくつか投稿しておりますが、ディレクターという視点から改めてお話しができればと思います。

早速ですが本題へ。

中目黒という地で何ができるか。

開業することになった経緯は以前記事にしましたが、OPEN NAKAMEGUROは店舗所在地が初動から決定していたので、まずはこの地[中目黒]で私達には何ができるかをめちゃめちゃ考えました。

この地でやる意義を見出す作業。

土地に漂う目に見えない"何か"は歴史が教えてくれる。という持論を元に、国会図書館をはじめ目黒区すべての図書館 / 歴史資料館を周り、中目黒特有の"何か"を探し求めました。

[ 1805年 / 出典 : 目黒六ヵ村絵図 ]
赤い丸が店舗所在地。祐天寺 / 正覚寺 / 目黒川の位置より推定。

1805_目黒六ヵ村絵図

[ 1854年 / 出典 : 目黒白金辺図 ]
店舗所在地は左上の方。田畑に囲まれているが目黒不動の存在感...。

1854_目黒白金辺図

調べてみると江戸時代の中目黒一帯は目黒不動を中心とした一大行楽地で、訪れた参詣客の土産物販売のため門前には左右に商店が立ち並んでいたとのこと。

[ 1834年頃 / 出典 : 江戸名所図会 ]
店内右手では二人が飴を引き伸ばし、店頭では袋詰めを。
店外右手では飴売り芸人が。

江戸名所図会目黒飴


相当ワクワクしますね。もちろん身分制度 / 立場の違いはあったことと思いますが、200年程前から中目黒は様々な人が集う場所、開かれた場所だったことわかりました。

OPEN NAKAMEGUROの『 開かれた場所 』というコンセプトはそこから導き出された言葉です。

"OPEN" というネーミング。

スクリーンショット 2021-06-11 21.59.36

コンセプトが『 開かれた場所 』だから、名前を『 OPEN 』に決定!とスムーズにいったわけではないのが実際のところです。

表面的には 開かれた / 境界線がない / 偏見のない という意味をもっていて、コンセプトにはぴったりの店名。ですが、やはり「 その名前で大丈夫なのか。」という意見もありました。

これは当然のこと。なぜならあまりにも普通だから。『 OPEN 』は、日常にとても近くて見ようとすればどこにでもある、ありふれた言葉ですよね。

ただ、自分の中では『 OPEN 』という言葉に根拠のない可能性を感じていました。どこにでもあって誰しもが知っている言葉だけど、頭の中に明確に "意味" を持って所有されていない言葉。人によって解釈の余地がある言葉。そこにすごくワクワクしました。

HYPHEN TOKYO の由来のところでも記載しましたが、僕は当たり前な存在に可能性を感じる癖があります...。

HYPHEN TOKYO という名の由来。より抜粋。
[ - ]は透明な存在。 "見えているけど見ようとしていないもの"。
集う人々を中心に、ひとつひとつの商品、行われる事、そしてその全てを包み込む空間の要素それぞれをつなぐことで、ごく自然にその場に "意味" が生まれるものなのかなと考えています。

やっぱり場づくりは自分たちだけでは成り立たない。という前提の上で走っているので、概念は皆様とつくりあげるものだと考えています。

" OPEN NAKAMEGURO " も同様に。共感し、集い表現することで " OPEN " という言葉に自然に意味が生まれてくると。

何より、そんなカフェがあったら楽しくないか。と思いました。単純に。

非常に長ったらしい文章を書いておりますが、熱意が伝わりましたら幸いです...。

難しいコンセプトを掲げて、難しいことにチャレンジするのはとても意義があることですが、私達は中目黒の地で、当たり前で普通な店名とコンセプトを掲げて、地に根付いたお店をつくろうと決めました。

オープンがオープンして、1年と少し。

2020年3月に開店して1年と少しですが業種の括りもなく、法人 / 個人も関係なく、開かれた場所 / 表現の場所として皆様と共に取り組みを行わせていただいております。

開かれた場所だからなんでもできるよ!どうぞご自由に!なんて人任せなことを言っているわけではありません。この場所で表現をしたい。その想いを最大化できるように、そして場を存続させていくために私達なりの判断軸をもって日々試行錯誤しています。

冒頭で挙げた、【 中目黒という地で何ができるか。】という問いに対して、私達は開かれた場をもって、場の在り方に共感していただける方々と共に新しい発見や体験を提供していきます。

そして、江戸の時代から続いてきた「 開かれた場所 」という文脈をつなぎ、この中目黒という地に還元していきたいと考えています。

最後に、土地に漂う "何か" を探し求める中で見つけた1枚の写真。

[ 1932年 / 出典 : 目黒区の100年 ]
90年程前、OPEN NAKAMEGURO店舗前の様子。

1932年_目黒区の100年

是非、現在の様子と見比べてみてください。
※ 御来店お待ちしております...。

OPEN NAKAMEGUROのコンセプトは[開かれた場所]
中目黒という街にも、そしてこの場を活用して表現をしたい人にとっても、開かれた場所をつくりたいという思いから誕生しました。
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" 表現の場 "として、街のコーヒースタンドを舞台にヒト-モノ-コトを繋ぐ。HYPHEN TOKYOの公式note。