見出し画像

夏休みのスリル

 今年の春は家に籠ってばっかりで、気づけば外の季節は夏になっていた。日差しも強く、湿度も高い。我が家もとうとうクーラーをつけてしまった。このクーラーをつけたときの、窓の外は暑いのに部屋の中は涼しくて快適な空間、クーラーのにおい、が妙にソワソワさせる。いい意味で。

 また、休みの日に朝寝坊して、本来なら昼食の時間に朝ごはんを食べる。昨晩はそのまま眠ってしまったから、昼間にシャワーを浴びる。そして日が暮れぬうちから缶ビールを開けたりすると、これはもうソワソワ中のソワソワである。もちろんこれもいい意味で。(ちなみに、もっと可愛い例だと、カップ麺を食べる、コーラを飲む、ジャンクなファストフードを食べる、古本屋で立ち読みする、などが挙げられる。)

 このソワソワはいったいなんなんだろうと考えてみた。
 小学校の夏休みに、朝のラジオ体操をサボって、10時に起きて、10時半からの「名探偵コナン」の再放送を見ながら、親のいないうちにリビングで遅めの朝ごはんを食べる。昼には小学校のプールに行って帰ってくる。夕立が降って涼しくなった頃に部屋で漫画を読む。絵を描く。クーラーが効いた寝室のキンキンに冷えた布団の上でトランプやUNOをして、親怒られるまで夜更かしをする。こんな生活は夏休みにしかできなかった。
 昼にシャワーを浴びて、涼しい部屋で飲むビールは、この気持ちに似ている気がする。

 あ、わかった、なるほど、つまりこれは、背徳感というやつか。今ちょっと悪いことしてるかも、という気持ち。わかっていてもやめられない。良い言い方をすると、非日常、スリルを味わっている。そして、それを味わうと妙な快感を覚える。でもそのためには「正しいこと」が何か自分の中に持っていないと意味がないけれど、こうやって人は少しずつ悪いことを覚えていくんだな。

 友達との帰り道「突然さ、非常識なことやってみたいと思ったことない?」と聞かれたことがある。少し考えて、今思えばだけど、例えば学校の全校集会みたいなしんとした空気をぶち壊すように、突然ステージ上がったらどうなるだろう、というような妄想はしたことあるな。

 テレビでコメンテーターをしている東大卒の美人弁護士さんが、日々の生活はすべてやるべきことで埋め尽くされていて、決められたルーティンのみで動いていると言っていた。食事も1ヶ月同じものを食べ、休みの日に1週間分を作り置きしておくそう。こんな生活スタイルはなかなか希だし、真似できるものでもない。
 ただ、この人が一度ルーティンから外れたらどうなるんだろうと考えた。きっと彼女が非日常を味わい、その時に感じるソワソワはわたしのソワソワよりも振り幅が大きいはず。それが、今までの生活を捨てて溺れてしまうくらいの快感か、もしくは、一生ルーティンから抜け出したくないくらいのとてつもない恐怖。どっちに転ぶかはその人次第だけれど、極論、ものすごく悪い方に転ぶと、犯罪心理につながっていると思う。

 だから、些細なことでいいから、小学校の夏休みみたいな気分を味わう仕掛けを小出しにしていって、小さなスリルと快感を日頃から味わっていくべきなんだな。という言い訳のもと、缶ビールを開けることにいたします。カシュッ。乾杯。(ちなみに、キリンが一番好きです。)

photo by umihayato

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?