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noteの背景画像で、コンテクストデザイン的な現象を楽しむ。



最近、ちょっとずつnoteを書く習慣が身についてきた。
と同時に、自分の書いたイラストを、記事の背景画像としてアップ
→みんなのフォトギャラリーへ公開するようになった。
とても嬉しいことに、そのイラストを背景画像に使ってくれる方も。

そして見出してしまった新しいnoteの楽しみ方。
背景画像を通じて記事(クリエイターさん)に出会うのが面白い。
クリエイターさんがどんな意味合いで背景画像を使ってくれたのか想像するのが面白い。
自分が気づかなかった新しい物語(意味合い)を発見するのが楽しい。

(転がる雪玉に巻き込まれた)クマの刺さった雪玉を見にきたペンギンたちの図

たとえば、このクマが雪に突き刺さっている画像。これは、「雪玉」をキーワードに自分の記事用に作成し初使用したもの。転がって大きくなる雪玉のように、初めは小さいものが勢いを増し、大きくなっていく様を示したものだ。そして、巻き込まれたクマが刺さっている様を、ペンギンたちが眺めに来たという遊び要素のストーリーを込めている。

同じ概念を、違うテーマへ

まず、使ってくださったのは「穂高 登」さん。
No.591_めんど臭いことを、やる方法」にて。

面倒くさくて手付かずになっていることを「流石にこれなら今すぐできるでしょ」と思えるくらい小さなタスクへ細分化し、まずはできそうなこと一つに、手をつけてみる。それが上手くいけば更に取り組みたくなってきて、結果、手付かずだったタスクもやり遂げられる様になる、というありがたいお話。

私はこのイラストを使うにあたり、「ワークショップでの議論」に対して「初めは小さいものが勢いを増し大きくなっていく」概念を充てたが、穂高さんは「物事をやり遂げること、習慣化」といったテーマに対して、この概念を適用されたようだ。とっても面白い。

(そして手付かずの後回しタスクを少なからず抱える自分は、『「さすがに、これくらいのことなら今すぐに出来るだろう…」と自分が呆れるくらいに分解する』という知恵をありがたく頂戴する。「呆れるくらいに」って、新鮮でわかりやすい基準。)

編み出される新しい物語

次に使ってくださったのは、「ゆこ|日めくり偏愛」さん。
週に1度、日常をすべて忘れに映画館へ行くという新習慣」にて。

週1で映画館に行き、目の前のスクリーンに映し出されるものを観ることにのみ集中することで頭がスッキリ&リフレッシュするという、これまた興味深いテーマの記事で、本イラストを使ってくださっている。

私の勝手な想像に過ぎないが(そして想像するのが楽しいのだが)、この方は、雪玉に刺さっているクマが外界(雑念)から遮断され、フロー状態となっている」という物語を思い描き、この記事の背景画像として使ってくださったのではないか。そうか。このクマは、ただ雪に埋もれているだけじゃない。雪玉内の秘密のシアターで、映画を観ているかもしれないじゃないか。イラストを書いた当初は、全く想定していなかった物語だ。

背景画像を通じたコンテクストデザイン的な現象

ここまで書いてみて、渡邉康太郎さんの「コンテクストデザイン」にある、美しい文章が浮かび上がる。

コンテクストデザインとは、それに触れた一人ひとりからそれぞれの「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みや現象を指す。(中略)コンテクストデザインは、完成されたものの使用による意図通りの価値提供を目的としない。むしろ未完成のものの使用によって、意図した価値提供を超え、デザイナーの想像の先へとものがたりを波及させることを目的とする。
p.12

誤読の余白がある、何がしかの創作物。使い手や読み手を、作り手に変えてしまう作用のあるもの。背景画像を通して、クリエイターさんが私の想像を超えた新しい物語を編み出してくれているのだとすると、背景画像はコンテクストデザインの要素があると感じる。

こんな面白い体験を味合わせてくれた、イラストを使ってくれたクリエイターの皆さんに心から感謝をしつつ。今後もちょこちょこ書いていきます、背景画像。



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