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『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』読書感想

『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(宇都宮直子、 小学館新書、2022年)を読んだ。

 エピソードの一つとして、担当のホストに「死ね」と言われて自殺未遂をしてしまう女性の顛末が描かれていた。そのホストは新宿歌舞伎町でもトップレベルのホストクラブの人気ホストであった。

 ホストクラブにおける接客マニュアルみたいなものを見かけたことがある。 ゴリッゴリの拝金主義で、いかに客から多額の金をむしり取るか、それしか書かれていなかったと記憶している。増して、人気ホストクラブの人気ホストであれば、自らの中に経験に基づいた独自のマニュアルが確立されているであろうし、さらに上を目指すための勉強に余念がないだろう。 ある程度の知性や自己抑制力も必要と思われる。

 とすれば、これは私の推測に過ぎないが、当該ホストが言い放った「死ね」 は衝動的で攻撃的なものというよりは、理性的で戦略的なものだったのではないだろうか。当該ホストは、その女性に相当なホス狂い要素を感じたため、そのようにして激烈に突き放すことで依存を加速させ、さらに大量の金が落ちてくるだろうと踏んだ。だから、言った。きっと最も効果的と思われるタイミングで言い放った。本書の中では、先述の通り、その女性は自殺未遂を起こすものの、そのホストクラブに通っていない間も自主的に納金し、 通えるようになってからは同じ男にさらに大金を使うようになる顛末が描かれていた。

 私は職業に貴賤はないと思っている。正確には、職業に貴賤はないと思おうとしようと思っている。ただ、「死ね」と発話して、相手に死の淵をさまよわせながらもそれがさらに金を呼び込むシステムには尋常ならざるものを感じた。良し悪しではなく、尋常でないと思った。

 ホストのトップオブトップは厳しい戦いの世界だ。なんとなくやってたら人気ホストクラブの人気ホストになってた、というものではおそらくない。トップを目指すべくして目指す。彼もそうだ。そのトップオブトップを目指す過程で、これは想像だが、比較的初期の無垢な彼にも、相手に「死ね」と発話することでなぜか拝金が加速することを発見した瞬間があったに違いない。そして、それで生きていこうと決心し、マニュアルに書き加えた瞬間が、きっとある。ためらいがあったかどうかは知らない。だけど、それは一人の人間がかつてとは違う人間に変わってしまった瞬間だと思う。

 おそらく誰しもにそのような瞬間がある。彼女にもきっとあっただろう。そして、変わってしまったらもう取り返しがつかない。 取り返しがつかないことにさえ気付かず、日々を前向きに生きている。生きていくしかない。

 程度の差こそあれ、きっと我々も同じだ。どこかで取り返しがつかないほどに変わってしまった瞬間がきっとあり、気付かずに生きている。彼は我々の誰かだったかもしれず、我々の誰かは彼女だったかもしれない。ふとした拍子に人生なんてガラッと変わり、自分の日々だけが続いていく。

 特に何が言いたいということはないけど、そのようなことを思った。

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