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「吹奏楽部」という狭くて閉じた世界について思うこと

某市立高校の吹奏楽部に所属していた男子生徒が自殺した件で、SNS上でいろいろな意見を拝見しました。

私は中学校の部活で楽器を始めた吹奏楽部出身の人間です。吹奏楽部では、部活動を引退したら楽器を辞めてしまう人が多いのですが、私は珍しく30歳になった今でも自分の楽器(チューバ)を持っていて、未だに吹奏楽とかの演奏活動をやっています。

ニュースやその反応を拝見していると、中学・高校の吹奏楽部の世界は、本当に狭くて閉じた世界なんだな…というのを実感しました。というのも、「中学・高校の吹奏楽部の世界」だけでしか理解されない考え方があって、それが世間一般の常識とかけ離れている実態がある、と私は思っているからです。このnoteでは、その実態について私が思っていることを書いています。

中学・高校の吹奏楽部の世界での考え方

自殺した件を受けて、「部活は趣味の延長」「学生の本分は演奏じゃなくて勉強」「長時間練習は異常だ」というような意見を見かけました。どれも反論の余地がない正論だと思います。しかし、「中学・高校の吹奏楽部の世界」では、全く違う考え方が浸透していて、こうした意見はあまり響かないというのが私の実感です。

部活は趣味の延長と考えない人もいる

吹奏楽部の世界から離れた場所にいる人の中には、「部活は趣味の延長」と捉えている人もいるかと思います。しかし吹奏楽部では、練習熱心な部員であればあるほど、「趣味の延長」という感覚ではなく、コンクールで結果を出すとか、演奏会を成功させるとか、OB・OGや父兄からの期待や応援に応えるとか、自分が今できる最高の演奏を本番の舞台でするとか、そういった大きな目標のために真剣に取り組んでいます。

このため、吹奏楽部では、何においても練習が優先される傾向があります。もちろん、部によって程度の差はありますが、団体によっては、個人の事情で休んだり、体調不良で休んだりすると何か言われるところもあります。「とにかく練習しないと上手くならない」という考えが根底にあって、練習に参加しないのは罪だと考える人も少なからずいます。このため、本当に趣味の延長でやっているような社会人中心の吹奏楽団では、「プライベートを優先してください」と団の方針をわざわざ伝えることも珍しくありません。

学生の本分は勉強とは考えない人もいる

本来、学校は勉強をするところのはずですが、吹奏楽部の世界にどっぷりと浸かっている部員自身が、勉強をあまり大事にしていないことがあります。実際、練習熱心な部員の中には、来る演奏会に備えて授業中に楽譜を読んでいる人もいます(そういう人は流石に少数派ですが…実在はします)。

また、学校によっては、「公休」というシステムを使って、平日の授業を休んで大会に出ているところもあります。いちおう断っておくと、「公休」は吹奏楽部以外の部活もやっています。勉強よりも部活を優先するということが、その時々の事情しだいで普通にまかり通っている学校もありますし、「勉強は後で取り返せるけど、大会は1回しかない」ということを言う人もいます(それが良いことなのか、問題にすべきことなのかは私にはわかりません…)。

もし吹奏楽部の顧問から「期末テストで100点獲るのと、全国大会で金賞を獲るのとどっちが大事なんだ!」と詰め寄られたら、空気を読むのが上手で練習熱心な部員ほど「全国大会金賞です」と答えそうな気が私はします。

長時間の練習が当たり前だと思っている人もいる

SNSで多くの人が指摘していたのが、「平日で約5時間半、休日で約11時間の練習が行われていた」という長時間練習の異常さでした。長時間練習は問題なので制限しないといけない、という意見が弁護士や大学教授などの専門家から出ていましたが、当の吹奏楽部にいる人たちの中では、長時間の練習は異常で改めるべきことだと思っている人はおそらく少数派でしょう。

現役の部員に限らず、今まで吹奏楽部で活動した経験がある人であれば、長時間練習しないと上手くなれないしコンクールで結果を出せないと思っている人が大多数だと思います。私も、吹奏楽部に入って実際に楽器を持って基礎練習や曲の練習をしてみると、「これは上達するまで時間かかるわ」と思いました。


先ほども申し上げた通り、SNSでは、長時間の練習は制限するべきだという意見が多数を占めています。確かに、長時間の練習には問題があると私も感じています。しかし私は、練習時間を短縮することで、自殺するまで追い詰められた生徒の望みが実現するのだろうか? と疑問に思ってしまいます。

あくまで私の実感ですが、吹奏楽部にいる人たちは、長時間の練習よりも、同級生や先輩とか顧問との人間関係に苦しんでいることが多いです。

なので、その辺りを考えずに練習時間だけ短縮してしまうと、普通に練習の準備をしていただけなのに、個人練習を始めた時間が一番遅い生徒を部長や顧問が叱責したり、部活動が終わって校門から出たところを部長・副部長が呼び出して、「いつも音出し始めるの遅いんだけど、やる気あるの? 練習時間短くなってるの分かってるよね?」などと詰めたりすることをやりだす吹奏楽部も出てくると思います。練習時間の短縮も必要かも知れませんが、それだけではおそらく不十分です。

「練習時間が長い、問題だ、短くしよう」と反射的に考えてしまうのではなくて、吹奏楽部では何が起きているのか、何が問題でそれはどうして起きているのかということを明らかにしてから議論した方がいいんじゃないかなと思います。


※いちおう参考までに申し上げておくと、問題がある部員を部活動が終わったあとに呼び出して詰める、という方法は、私が中学の時の吹奏楽部で実際にやっていました。

吹奏楽部の世界と、世間が繋がっていて欲しい

こんな感じで、世間一般の常識と、「中学・高校の吹奏楽部の世界」での考え方は噛み合っていないことがあります。もちろん、全ての吹奏楽部が100%そうだと言っているわけではありませんが、程度の差はあれ、当てはまっている部もあるはずだと思っています。

「中学・高校の吹奏楽部の世界」には、普通の世間と同じ考えを持っている人は極めて少ないです。基本的に、部の運営へ主体的にかかわる大人は顧問の先生だけで、あとは吹奏楽部の世界で生きている無垢な生徒ばかりです。ですので、吹奏楽部は極めて同質な集団になることが多く、世間と違う考え方が集団の中だけで共有されることも決して珍しくありません。

今SNSで上がっている意見は、吹奏楽部にいたことがない人たちの正論や、元・吹奏楽部で今は楽器をやっていない人の体験談が多いと感じています(主観です)。こうした人たちの意見は、確かに正しいですし決して無視できないものです。

しかし、そうした意見は今の「中学・高校の吹奏楽部の世界」にいる人たちの考え方と違いすぎて届かないのではないかと思います。吹奏楽部の中にいる人たちが、そうした意見を受け入れた上で部活動の新たな姿を描いて、実際に推進してくれる大人を作らない限り、残念ですが吹奏楽部の現場に説得力を持って届くこともなければ、改善の道しるべになることもないと私は思います。