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【実話怪談】中古服

ユキちゃんの話をします。

ユキちゃんは大学の1回生の時に仲良くなった友人で、大人になった今でも仲の良い関係です。
アルビノゆえに銀髪に紅い目を持ち、パッと見た感じは外国人にしか見えません。
更には普段からロリータ服を身に纏い、個性を殺す日本の社会ではとても目立つ存在でした。
相貌失認症を持つ私が、ひと目で存在を認識できる有り難い友人の1人です。
そんなユキちゃんとは当時住んでいたアパートも一緒でした。
アルビノ特有の弱視を持つユキちゃんでしたが、そのハンディキャップを物ともせずに強く生きる姿がとても魅力的で、彼女の周りには共感者が常に居て寄り添っていました。

ユキちゃんは、お人形のような容姿とは対象的にヘビースモーカーです。

「CHERRYは私が尊敬する山本五十六も宮崎駿も愛用している銘柄なんだよ。」

そんなことを口にしながら、1日に一箱無くなるんじゃないかと思うほどのペースで喫煙します。私の隣でも平気で吸うので、「副流煙の方が有害物質が多いらしいよ。」と言ってみると、「え、だから私、好きな人の前でしか吸ってないでしょう?」とキョトンとされました。
「だって、好きな人とは一緒に死にたいよね。」
サラリとそういうことを言えるのが、ユキちゃんという人でした。

4回生の夏に向かう、ある日の朝。
ユキちゃんの部屋に遊びに行った日のこと。

ユキちゃんは、ロリータ服について熱く語っていました。
ユキちゃんが好きなのは甘ロリとクラシカルロリータの中間くらいで、好きなブランドの服は最低でも2万円はするのだそうです。
「だからなかなか買えなかったんだけど、通販の中古服で良いやつが安く買えて、もうほんとに嬉しくて。」
ニコニコ笑うユキちゃんの着る服は、素人目にも高級そうな生地感で、何よりユキちゃんにとても似合っていました。
「良かったね!ユキちゃんにぴったりな服だと思う。」言いながら、あれ、と思います。
ユキちゃんの服をよく見ると、金色の糸のようなものが数本ついています。
思わず「ゴミが付いてるよ。」と、その糸に触れた瞬間。


バチッ!!!

と、音がして、電流が流れるような感覚が体を襲いました。
「うわ!凄い静電気。大丈夫だった?」
ユキちゃんが、顔を覗き込んで心配そうに見てきます。
(静電気、なのかな……?)
チラッと、さっき取った糸くずを見て絶句しました。

うねうね


うねうね


鰹節が熱いご飯の上で踊るように、私の手の上で糸くずは確かに動いています。

驚いて片方の手で手をパンッ!と叩いて糸くずを落とすと、床に落ちる前に消えました。

(これ、何……?)

ゾッとして、ユキちゃんの服を改めてよく見ます。
金色の糸くずは、まだ何本か付いていました。
しっかりとよく見ると、それはおそらく、金色の長い髪の毛だということに気が付きました。
「そうやったら静電気って落ちるの?知らなかった。」
そう言いながらユキちゃんもパンッと服を叩きます。
そこに付いていた髪の毛は、落ちずに。
逃げるように動いてユキちゃんの背中へと回りました。
「……ユキちゃん、その服、どこの通販で買ったの?」
聞いてどうする、と、思いながら確認します。
「海外のサイトだよ。ちゃんとしたロリータ服の中古は人気が高いから、専門のサイトがあって。個人でも出品できるんだけど……これはホントに掘り出し物だったんだよ。」
海外のもの。
なるほど、だから金髪なのか。
それを知ったからといってどうすることもできないし、この服が悪いものかどうかもわからない。「あ、そろそろ大学向かわなきゃ、2限に間に合わないね。」
ユキちゃんは上機嫌で、可愛い小さなトランクバッグを持ちます。
本当に、ゾッとするほどユキちゃんに、その服は似合っています。
(とりあえず、ユキちゃんに害は無いみたいだし。)
何も言わずに様子を見ることにしました。

ところが。

その日から、ユキちゃんの顔色は、どんどん悪くなっていきました。元々透けるような白い肌だけれど、青白く、生気のないように見えます。
更には人が変わったように性格が攻撃的になり、いつもピリピリしているようでした。
「ユキちゃん、最近いつもその服だね。」
私が見かける度に、ユキちゃんはあの服を着ています。
思わずそう声をかけると。
「悪い?気に入ってるの。この服は特別で、歌も歌うんだから。」
「歌?」
常識的に考えて、服が歌うわけがない。
だけどユキちゃんの目はギラギラしていて、本気で服が歌うものだと思っている目つきです。
よく見れば、服に付いている髪の毛も増えています。
(こんなの、どうしたらいいの……。)
困り切った私の脳裏に、友人Rが浮かびました。

友人Rは、青森出身の霊能力者で、巫者とかカミサマとか呼ばれるらしい。

(Rなら、どうにかできるんじゃないのかな。)
目の前のユキちゃんは、もう既に話が通じるような状態じゃないと判断して、私は友人Rを頼ることにしました。
幸い、友人Rとはゼミで会える日でした。

話を聞いたRは、「それは、私にどうにかして欲しいっていう依頼?」と、明らかに面倒くさそうな顔をします。
「どうしたら良いか教えてくれたら、私がどうにかするから。お願い教えて。」
私が懇願すると、
「え、その子の代わりに死んであげるの?」
と、Rは心底驚いたように言いました。
絶句する私に、Rは淡々と言葉を続けます。
「確実に、今持っている命を断つ存在を死神と呼ぶなら、これはそれだよ。確かに貴女なら身代わりが利くと思うけど。」
冷たい口調です。
「そんなに好きなの?その子のこと。」
問われて考えます。
「……大事な、友人だと思う。」
情けないくらい掠れた声になりました。
Rはそんな私を見て深いため息をつきます。

「私に、解決を依頼しますか?」

迫力のある凛とした佇まい。
射抜くような視線をこちらに向けながらRは言います。
友人Rではなく、巫者としてのRを見たのはそれが初めてでした。
私が頷くと、「依頼を受けました。埋め合わせはどうしますか?」言いながら、まっすぐこちらを見ています。
「埋め合わせ……?」
困惑する私に、Rはいつもの軽い調子に戻って言いました。
「私に依頼すると報酬というか、代償が要るんだよ。今回はかなり大きな代償が必要になるけど、良い?」
「例えば……?」
「お金とかだと全財産以上になるし、今回の場合はやっぱりアレが手っ取り早いかな。」
「アレって、なに?」
代償、という聞き慣れない言葉に不安を覚えながら聞きます。
「縁(えにし)だよ。私と、彼女の縁を断ち切り、埋め合わせに使う。」
言っている意味がわかりません。
「縁を断ち切るって?」
「もう彼女が私の存在を本当の意味で認識できなくなるって感じかなぁ……説明が難しいけど。それで良い?」
試すような視線です。
「よくわからないけど、それしかないんだよね?」
「うん。埋め合わせに使えるものは他にもあるけど、結果的に今生(こんじょう)とは確実におさらばになるから、本末転倒かな。」
「……わかった。それでいい。お願いだからユキちゃんを助けて。」
よくはわからないけれど、それしかないならそれを選ぶ他ありません。
「いいよ。じゃあその貴女に絡みついてる髪の毛をもらうね。あと、彼女の煙草を一箱持ってきて。」
「煙草ね……って、髪の毛!?私に絡みついてるの!?」
思わず自分の手を見る私に、Rは呆れた顔をして私の背後に回り、そして。

バンッ!!

と思い切り背中を叩きます。
「痛!!」
びっくりしてRを見ると、更に衝撃を受けることになりました。
Rの手には、あの例の髪の毛が、何十本もうねうねと動き絡まっています。
「ひぃ……。」
と声を出した私を面白そうに見ながら、「じゃあ、煙草が用意できたら連絡頂戴。縁に干渉するために必要なものだから、できれば開封して吸って何本か残ってるやつが良いな。なるべく早くね。」スタスタと、ゼミの開始を待たずにRは立ち去っていきました。

それから。

なんとかユキちゃんの煙草を手に入れて、Rに渡すと、その次の日からユキちゃんは憑き物が落ちたように元気になっていました。
「なんか最近の記憶が曖昧なんだよね。病院行ったほうが良いかな。若年性アルツハイマーだったらどうしよう。」
不安そうなユキちゃんに、「むしろ元気になったんだから、行かなくて良いんじゃない?」と声をかけて、私はRの家へと急ぎます。

「ありがとう。本当に助かった。」
今まで寝ていたような顔をして出てきたRに御礼を言うと、
「いや、埋め合わせはもらったから、楽な仕事だったよ。」
と欠伸を噛み殺したような声色で返されました。「縁、だっけ。」
「うん、そう。未来永劫、これで彼女と交わることは無くなった。」
未来永劫、という言葉に引っかかりを覚えます。「それは……。」
と、深く聞こうとする前に、先回りするようにRは答えました。
「輪廻転生があって、本来なら深く結ばれるような仲だったとしても、もう理(ことわり)通りにはいかないってこと。」
少し寂し気な顔をするRを見て。
私はなんだか重大な間違いを犯したような気がしました。
取り返しがつか無いことをしてしまったような、なんとも嫌な感じがします。
「ねえ、R。もしかしてユキちゃんとは……。」
どこか遠い遙か先の未来で深く交わることがあったのではないだろうか。

私が、それを台無しにしたんじゃないだろうか。

言葉が上手く出なくて、少し沈黙して代わりに口に出た言葉は、
「R……私との縁は、切れないよね?」
でした。
その言葉に、Rはハッとしたように私の顔を見て、とても驚いた顔をしました。
何か、私の顔ではなくて、遠くを眺めるような目線。何かを言いかけて止めて、そして。
「うん。切らないで。」
今度は、しっかり私の目を見て微笑します。
その瞳は、少し潤んでいるような気がしました。

この時のことは、今でもたまに思い出します。
Rは確かに「切らないで。」と、あの時言っていました。
大学4回生の秋、突如私の前から姿を消したR。
私と貴女の縁は、もしかしたらもう断ち切られてしまったのかな。
巫者やカミサマと呼ばれるRじゃなくていいから。
あの、ただただ漫画やアニメや演劇の話で盛り上がって、他愛のないことで笑い合う友人として、また会いたいなと思うのです。

もちろん、失踪前に私が貸した漫画も、絶対に返しに来てね。

これは私の実話です。

友人Rが出てくるお話は他にもあります。
興味のある方、以下のリンクからどうぞ。


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