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【実話怪談】見分けがつかない

大学4回生の春の日のことです。

学生から〈三之町迷路〉と呼ばれる場所に私は住んでいました。
大学からは少し距離があり、迷路のように道が入り組んでいて、道を一本間違えると目的地に辿り着けないような複雑な造りの地域でした。
学生の間では「三之町迷路は異界だ。」と言われており、アパートも多く建っていたものの人気はなく、格安になっていました。

当時貧乏学生だった私は、そんな三之町迷路のど真ん中に位置する家賃月額16,000円のアパートに居を構えてアルバイト三昧。
色んなことがありつつも大学生活もあと1年となり、春の陽気にウキウキ気分でした。

さて、学生の間でもうひとつ〈異界〉と恐れられていたのが、三之町迷路から最寄り駅までの道のりにあるN川でした。
N川は広く、漁港にもなっていましたが独特な暗さがあります。川沿いの道は、何となくじっとりとした重い空気感です。雑草が生い茂り、それが歩くたびに肌に触れました。

だからでしょうか。その道はあまり人も通らず、最寄りのはずのその駅も閑散としていました。
N川で恐怖体験をしたことのある私も、当然N川沿いは避けて過ごします。
そんな最寄り駅が、唯一賑わうイベントがありました。

花見です。

駅から降りてすぐにあるU公園は、学生がこぞって集まる桜の名所でした。
新歓コンパのお花見スポットとして名高いU公園は、春になると途端に明るくなります。
朝からブルーシートを敷いて場所取りする若者が多く居て、夜は満開の桜の下で宴会が行われ、普段の閑散とした空気は何処へやら……人で賑わえば、不思議と空気は明るくなるものです。

私も最高学年になり、新歓コンパに初めて出席することになりました。
オーケストラ部のコンパは、派手です。
楽器をやる人たちだからか、どうにも騒がしく音を出すのが得意なようで、お酒を飲みながら大騒ぎでした。
私はと言うと、亡き父が晩年アルコール中毒だった為にお酒は苦手で、飲もうと思えばいくらでも飲めるけれど、好んでは飲みません。
いつもはアルバイトに追われていたので、そのように激しい宴会の席は初めてでした。
ただただ圧倒されながら仲間の話に頷き、美しい桜を眺めていました。
(たまには良いな、こういうのも。)
なんだか初めてとても、大学生らしいことをしている気分でした。
多忙な日々を振り返り、感慨深く思ったものです。

宴会も終わり、気付くともう夜もすっかり更けています。
片付けを終えていざ帰る時になり、ワクワク気分がまだ残っていた私は、浮かれていたこともあってか、N川沿いの道から帰ることにしました。
三之町迷路に住む変わり者は私だけだったので、N川沿いを1人で歩きます。

何だかとても、良い気分でした。肌に触れる雑草も気になりません。

ふと前を見ると、真っ暗な道の先に、車が1台停まっていることに気付きました。
遠くに見えるその車は、ライトを付けて停車しています。
ハイビームというのでしたか……車を乗らない私にはわかりませんが、かなり眩しい光をこちらに向けていました。
(なんだろう?動く気配もないし。なんでライトを付けたままなんだろう。)
疑問に思いながらも、一本道で進行方向がそちらでしたので、その横を通らないわけにもいかず……。

段々と、車は近付いてきます。

ライトはやはり付けっ放しです。

辺りには私以外、人の気配も車の通る気配もありません。
(このまま歩いていくと、助手席側は見えるな。)一体どんな人が乗っているのか。
敢えて見ないようにするべきか。
色んなことを考えながら、ついにその車の横を通り過ぎる時が来ました。
(よし、見ないようにしよう!)
自分の中でそう結論付けて、前を向いたまま歩きます。


ガンッ

音がするのは、予想外でした。

思わず視線が、音のする方に。

助手席側の窓に。

そこには。



女性が挟まっていました。

(え……?)

思わず声が出そうになるも、歩く速度は緩めません。
完璧に通り過ぎて、歩きながら今見たものを振り返ります。

髪の長い女性が、窓から頭だけを乗り出し、首が。

窓が少し開いて、首が、窓の縁にだらりと掛かり。

目は見開いて……。

挟まっている。

なにそれ。

頭が真っ白になりながらも、歩みを止めてはいけない気がして、そのままのスピードで家まで歩き続けます。
なんとなく、見たことを悟られてはいけない気がしました。

帰宅してからも、先ほど見た光景について何度も振り返ります。
(あれは、幽霊……だよね?)
自問して目眩がしました。
(どうしよう、見分けがつかない。)
心臓が今更バクバクしてきます。
その時脳裏に、友人Rが浮かびました。
(Rなら、さっきのが本物の人間かどうか、わかるんじゃない……?)

Rは青森出身の霊能力者で、巫者とかカミサマとか呼ばれるらしい。
普段あんまりそういう話はしないけど、凄い人なはず。
意を決して電話を掛けます。
数コール鳴り、
「こんな時間にどうしたの?」
Rが怠そうな声で出ました。
私はできる限り冷静に今見てきたことと、それが霊なのか人間なのか判別がつかなかったことを早口で説明します。
Rは一通り聞き終わると、「はぁ、なるほど。1回切って、また掛け直すね。」と言ってすぐに電話を切りました。
「なんで切るの!?」と心細さに思わず口に出ましたが、また掛け直すというRの言葉を信じて待ちます。5分ほど経ったでしょうか。
約束通り、電話は鳴りました。
もちろんRです。
Rは開口1番、
「で?人間と霊、どっちが良いの?」
と言いました。
少し考えて、「人間だったら大変だから、霊だったほうが良い。」と私は答えます。
「だろうね。もし人間だったらさ、かなり危なかったよね。」
Rは続けます。
「だってさ、その話が現実なら運転席には……誰か居たんじゃないの?」
助手席側の窓に、挟まっている女性の隣で。
ライトを照らし続ける誰かの存在。
その存在に初めて思い当たり、背筋が凍りました。
もしもあの時、足を止めていたら。
どうなっていただろうか。
「……人間じゃ、ないよね?」
祈るような気持ちで、Rに聞きます。
Rは拍子抜けするような調子で、「知らんよ。」と言いました。
「三之町迷路付近は本当に異界だから、みたくもない。そもそも私には縁(えにし)がないから、知らんよ。」
あまりにハッキリ言うので、思わず絶句します。更にRは言います。
「……でも、強いて言うならあなたとは縁があった。この時間に私が起きてるの、珍しいんだよ?電話が繋がったくらいの縁には、報いてあげたつもり。」
欠伸を噛み殺すような声色です。
「それは、どういう意味?」
困惑する私に、Rはなんてことないように続けます。
「さっき、匿名で110番しといたから。上手くいけばすぐパトロールしてくれるんじゃない?」「あ……。」思わず、声に出ました。
さっき電話を切った時、Rは警察に通報してくれていたのか。
「というかさぁ、人間か霊かってそんなに大事?縁があれば助ける。無ければ助けない。それで良いと思うけど。じゃあもう寝るから。おやすみ。」お礼を言う間もなく、電話は切れました。

それからはしばらく気になって、地方ニュースを隈なくチェックしていましたが、あの車の女性に結びつくようなものはありませんでした。

あれが、霊だったのか、人間だったのか。
人間だったとしたら、女性は無事だったのか。
結局未だにわからずにいます。

これは私の実話です。

N川と異界は、以下のお話にも出てきます。
興味のある方、ぜひ。


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