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【実話怪談】二重音声

〈第十六話〉

私が大学生の時のお話です。
大学に入ってすぐにアルバイトを始めた私は、日々忙しく友人と呼べる存在がしばらくの間皆無でした。
サークルはオーケストラ部に所属したものの、バイト終わりの深夜、個人練習をするために部室に顔を出すだけになっており、そのため「孤高のホルン吹き」「謎の新入生」と影で言われていたそうです。

さて、そんな私にも初めて友人ができました。偶然同じ学年、同じ学部のEという女の子がアルバイトの追加募集でやってきたのです。
一回生の、夏のことでした。

Eはとても純粋な女の子で、「山形県から来たんだけど、ほとんど女子高しかなくて。私も女子高出身でさ〜、男の子とは接する機会が無さ過ぎたから苦手なんだ。」とはにかんだ笑顔で言っていました。
なかなかの変わり者で、Eの住むアパートに遊びに行ったら、部屋が全てカエルグッズで統一されていて驚いたのを覚えています。
私服が森ガール系だったので、私生活もふんわりしているかと思いきや、ベランダで本格的にカビの栽培をしていたりと、本当に興味深い子でした。
「一人暮らしは寂しくてね、早く山形に帰りたいな……。」そんなことを確かにあの時Eは、言っていたのです。

月日は流れてニ回生の春、Eはアルバイト先で出会った男性と付き合い始め、それから数ヶ月で破局してアルバイトを辞めてしまいました。
大学では学科が異なったため会うこともなく、すっかり疎遠になり、お互いにすれ違ったまま日々は過ぎ……。
私はというと、その頃には大学内に友人ができて、サークルにも馴染んできていました。きっとEも、同じように新しい友人ができて、充実した日々を送っているものだと思っていたのです。

更に時は流れて四回生になった、ある日のこと。
学生食堂で友人Rと他愛のない話をしていた私は、急に「久しぶり。」と、Eに声をかけられました。
「ねぇ、話したいことがあるんだ。急だけどこれから家に来ない?」畳み掛けるように言うEに、私は驚きました。Eのファッションが、だいぶ変わっていたからです。
森ガールではなく、シックでボーイッシュな感じ。そんな変化を目の当たりにして、否応なくEと私の間に流れた月日を思いました。
困惑して返事に詰まると、「私の家、覚えてる?これからずっと家にいるから……空いてる時間に、来て。」そう言って、私の返事を待たずに足早に立ち去ってしまいます。
慌てて携帯電話を出し、数年ぶりにEにかけましたが〈おかけになった電話番号は現在使われておりません〉と、無機質な音声が流れるだけでした。

「今の、友達?」
隣で見ていたRが口を開きました。
「行かない方がいいよ、あの子……。」
重々しい口調で言いかけてハッとしたような顔になり、目を伏せ黙るRに嫌な予感がしました。Rには、人には見えない何かが見えるような節があったからです。その様子を見て益々腹は決まりました。
「私、これから少し時間があるから行ってくる。ごめん、またあとで。」
Rに言うと「うん、気をつけて。またあとで。」と、ため息混じりに送り出してくれました。

久しぶりに私を出迎えたEの部屋は、以前とは全く違っていました。必要最低限のものしか無く、やけにスッキリしています。部屋を埋め尽くしていたカエルグッズは、どこにもありません。
「ほんとに来てくれたんだ。ありがとう。」嬉しそうに、Eは言います。
ラグマットの上に座るように促され、座ったところで、よくわからない違和感を感じました。
(なんだろう、居心地が、悪い……?)
形容し難い感覚に戸惑っていると、Eはペットボトルに入ったお茶を私の前に置きます。そして話始めました。
「実は私、来週にはもう引っ越すの。」
Eが口を開いた瞬間、私は思わず自分の右耳に触れました。耳鳴りがします。
「え、大学は……?」Eの発言に驚きながら返すと、Eは微笑みながら、
「実家が大変だから、大学やめて帰ろうと思って。」
キンッと、耳鳴りは強くなり、そして、私には聞こえました。

『ほんとは、好きな人について行くの。』

Eの出す声が、二重音声のように聞こえます。

「ほら、両親も年だし、私一人っ子だからなにか手伝えるかなって。」
『何回も妊娠したの、だから責任を取ってもらわないと。』

「こうしてると一回生の時、思い出すなぁ。」
『あの時出会わなければ良かった。』

「久しぶりに、会えてよかった。私はもう使わないから、専門書いくつか、持っていかない?」
『絶対に別れない。子どもは結婚したら産めばいいって、私、何度も……。』

ああ、駄目だこれ。
耳が壊れる。

『絶対に離れない。』

もう本当は何を言っているのか、聞こえない。
私は思わず立ち上がりました。そして、
「できれば……行くのはやめたほうが良いよ。」
かろうじて声を絞り出し、吐き気に耐えて足早に立ち去る他ありませんでした。

私は、とても怖かったのです。
どうせ、私が何を言ったって、恋に溺れて聞く耳を持たないことがわかっていたから。
どうしたって、Eは止められない。
止めるチャンスはきっと、数年前に見逃してしまった。
強いショックを受けました。
人は、恋をする。
だけどその相手が死ぬほど恋するに値しないクズだったら、こんなにも人は狂ってしまう。

吐き気に耐えられず、思わず口を抑えて立ち止まると、バンッ!と背中を叩かれました。
「だから行かない方がいいって言ったんだけど……大丈夫?」
気がつくと目の前には、Rが居ました。
不思議と吐き気は無くなっています。
「なんで、ここに……?」驚く私に、「だって、またあとでって言ったじゃん。」とサラリと言うR。

「何もできないよ。あの子はもう、つかれて耳が塞がってたから、手遅れ。」
「耳が、塞がってた……?」
「うん、あれだと誰の声も届かないから、いくところまでいくしかない。」

いくところまでいく……Eは、何処にいくのだろう。
願わくばどこかで立ち止まって欲しい。完全に私のエゴだけど。

最後に聞こえた、

『私は幸せなんだから!』

という悲鳴のような声を、未だに忘れることができずにいます。

これは私の実話です。

友人Rが出てくるお話、もうひとつあります。
こちらも宜しければ、ぜひ。↓



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