20231010 対話 海中編4

暗くて先は見通せない。しばらくすると暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと視界がひらけてきた。だがこれも暗闇という一種の思い込みなのかもしれない。井戸の深さを確認するため小石を投げ込んでみるように「あっ」と声に出してみる。ゴボゴボと泡立っただけで、ここが海中だったことを思い出す。そう言えば、環境音というものが聞こえないのが不思議だ。いくら深い海中と言えども何かしらの音があってもいいはずだ。

手探りで奥へ奥へと進んでみる。明らかに岩の全体像よりも中の空洞の方が広い。まぁこの際いちいち疑問を抱いたところで仕方がない。何かが足に当たった。よく見ると、足元に布に包まれた塊が所狭しと転がっている。数十体はありそうだ。その布切れの隙間から人の顔だけが覗いている。年齢や性別もばらばらだ。一瞬死体かと思い身構えたが、まるで眠っているかのようにゆっくりと呼吸している。

「まったくもう。これを見せるのは想定外だよ。まぁ見ちゃったところで別に何の影響もないんだけどね。それにしてもキミはこれを見ても何の感情も抱かないのかい。泣きわめいたり、怒り狂ったり、感動したり。あるいは意味もなく平伏したりするのかと期待したのにな。あぁ、つまんないなぁ。これじゃあ友達がいないのは納得だよ。」

一人一人に触れてみる。どこか懐かしい温かさがあり、血が確かに通っている。彼らは夢でも見ているのだろうか。試しに揺さぶってみても目を覚ましそうにない。もしかして・・・これは・・・

「そう、彼らはキミなんだよ。」

「キミは彼らであって、彼らはキミなのさ。」




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