流されやすい自分を再認識|読んだよって話5(11/6〜19)
かなり、かなり間が空きましたが。
忘れていたわけではありません。心の片隅にずっと「書かなきゃ!」という気持ちがあって、でもなかなか書けなくて、という苦しい時間を過ごしていたので。やっぱり、気になることはさっさと片付けないと、精神的によろしくないですね。
というわけで、2週間分。よろしければ。
11月8日(水)
魔法のように人に好かれるディズニー的思考法 | 西村 秀幸
うーん、課題図書として読んだけれど、のめりこめはしなかった。残念。
でも、ディズニーへの興味がない私でも、「こんな仕事をしているのね!」とワクワクする部分はあったので、ディズニー好きの人なら、より楽しめるのではないかな〜と思う。
「服装は人格を表す重要なアイテムになる」とか、
「人間関係も足元ばかり見て妥協を図るのではなく、」とか。
なかなか心にぐさりとくる言葉が並んでいた。
TPOを意識した服装苦手だし、その場限りの付き合いをしがちだし…。
そういった自分を省みることができたのは、よかったなと思う。
11月12日(日)
年収90万円で東京ハッピーライフ | 大原 扁理
引越しで財産のほとんどを失った私。鋭意節約生活中。
ということで、「節約」と名の付く動画や本を漁りまくっております。この本は節約系YouTuberがおすすめしていた作品。職場にあったので読んでみた。
もちろん、節約方法も載っていたのだけれど、それよりも「こうすると生きやすい」っていうのが一番伝えたかったことなのかな、と読んでいて思った。
「夢とか目標って、持ち主と一緒に絶え間なく変化し、成長していくんじゃないかなあ。」
という言葉があった。これが、一番響いた。
何かしたい、と言う度に、なぜそれをするの?その先どうするの?と聞かれるのが嫌だった。ただしたいと思っただけで、そこに理由はなかったから。あるんだろうけど、自分ではわかっていなかったから。
だから、そのままの気持ちで動いていいんだよ、やめたくなったらやめな!と見守られているような気持ちになったな。落ち込んでるときに読んだから、余計そう思えたのかもしれない。
11月12日(日)
まだ、途中 #3 | 途中
春に開催された日記祭で購入したもの。
半年以上経ってしまった。でも、わかります?この現象。
ちょっと読んで、あ、これすごい好きなやつだ、ってなると、途端に読めなくなる現象。読み進めたら終わってしまうのが嫌で、急激にスピードが落ちるやつ。
購入してから、ちびちびと読んでは、一旦時間置いて、また最初からちびちび読んで…を繰り返していたらもうこんな時期。さすがにと思って腹を括って読み切りました。
かなり、かなり詳細に日々や途中さんの感情が綴られていて、読みごたえがあった。尖りまくっていて、そこに羨ましさを感じた。私が公開日記には書けないことも赤裸々に綴っていて、でも非公開部分はもっと深掘りされていて、なんか、なんか、とにかくめっちゃよかった。
11月14日(火)
桃を煮るひと | くどうれいん
いや〜、これ今月イチ、いや今年イチ印象深かったほんかもしれない。
京都日帰り旅行に行った時に、現地の本屋さんで一目惚れして購入したもの。やっと読めた。
筆者のくどうれいんさんのお名前は聞いたことあったけれど、こんなに年が近いとは思わなかった。そしてこんなに食への思いが強い人だということも知らなかった。
日記にも書いたけど、「大根の面取り」の話がすごく好き。
「おまえはおまえの大根を切れ。」
この言葉を胸に、日々生きていきたいと思う。
ひとりでご飯に行くのが苦手だという話もよかった。
私はひとりご飯大好き派だけれど、美味しいものを食べた時の感動を、思いっきり伝え合える相手がいないことに、寂しさを感じることがあるのも事実。誰かと美味しさを分け合いたいなあ。
11月16日(木)
ひとりで食べたい | 野村 麻里
とか言いつつ、次に読んだのはこちらの本。
ひとりご飯について考えていたら、自然と手に取っていた。
この本、絶対くどうさんのこと言ってるだろ!と思う箇所が。
どうなのかな、真相を確かめたい。
コンビニをみると社会がわかる、みたいな話が面白かった。確かに、場所によって置かれているものが違ったり、流行りを知るのもコンビニからだったりする。
なるほど、あの商品棚には時代が反映されていたのか。そう思うと、また別の視点で楽しむことができそうだなと感じた。
あと、マヨネーズの話。私の好きなお店のマヨネーズを思い出してしまった。あそこのマヨ、ほんっとに美味しいんだよな。また食べにいきたい。
最近、いろいろな本を読んでいて思う。
常識を疑え、とか、周りに流されるな、という記述が多い。
いろいろ試行錯誤して、自分に適した生き方を見つけた人たちが言うのだから、間違い無いだろうな、と感じたところでふと思った。
これはこれで、筆者に流されているだけでは、と。
私は軸があるようにみえてない女なので、いつもふらふら人の言葉に翻弄されている。もうふにゃふにゃなのだ。
だから、俯瞰してみても、感情を分析してみても、いまいち自分のことが見えてこない。いつもぼやけている。
流されやすいふわふわした自分にとって、しっくりくる生き方は果たして見つかるのだろうか。
と思いながら、今日も私は本を読んでいる。
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