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令和ペイン

「ったく、どうしようもねぇなこの世界はよおおおぉ!!!!!」

男は、気づいたら警察署でそう叫んでいた。

仕事に溺れ、娯楽に溺れ、教養に溺れ、宗教に溺れ、人間に溺れ、孤独に溺れ、安酒に溺れ、自分に溺れ、最終的にくだらない世界に溺れ、絶望していた。

この世は終わりなき煉獄だ。「俺は杏寿郎みたいに強くない…」そう思いながら、コンビニで買った鬼ごろしを飲んで、鬼になりそうな夜だった。記憶と一緒に自分も消そうと必死にもがいている。

しかしそんな絶望に溺れそうな夜でも、なんとか死を凌いでくれる音楽たちが、常に彼の側にあった。

悲しい曲、楽しい曲、くだらない曲、勇気づけてくれる曲、弱い自分を受け入れる曲、素直になれない時の曲、恋に堕ちた時の曲、闇堕ちした時の曲、憂鬱に溺れて自己陶酔する曲、死にきれない時の曲、絶望と希望の曲…。

特に、年末年始に大掃除し損ねていた、負の感情という埃に包まれた心を、音楽は24時間どこでもゴシゴシと洗い続けてくれた。

それでも生きていれば埃は溜まっていく。

日付が変わる時間まで仕事を頑張っても評価してもらえないし給料はすずめの涙ほどしか上がらないしボーナスも無いしやりたい事はなかなかやらせてもらえないし新人はすぐに帰るしコロナのせいか何食べても味がしないし婆ちゃんが死ぬし信頼を寄せた人に裏切られるし愚痴を吐くも誰からも見向きもされないし毎日リモートでみんなSlackに集まるけどみんな結局ひとりぼっちみたいだしTwitterで必死に存在証明するほど孤独で痛くなるし世界情勢は一向に良くならないし政治は既得権益を守るのに躍起だし国民は不満ばかり言いたくもなるしコメ欄は罵詈雑言が並ぶしニュースは暗い話題ばかりが目につくし南海トラフ怖いし隣の芝は青いし(以下略

「分かってるんだ自分が考え過ぎだってことくらい…分かってるんだよ…。俺だって何も考えずにのうのうと生きていたいわああおおオラァ!!!」

そうやって狂乱していると、見かねた若い同世代のお巡りさんが話しかけてきた。

「ちょっとちょっと、どうしたんですか…?」
「聞いてくださいよ、もう俺には絶望しかないんですよぉ…」
「ふむ」
「都会の人間は冷たいです。でもしょうがないんです、都会は刺激で溢れてるから、いちいち他人にかまってられんのです…」
「まぁ…そうかもしれませんねぇw」

するとどうだ、話してるうちに涙が溢れて、理屈でこんがらがっていた心が少しずつ自由になっていくような感覚を男は覚えた。やっと息を吸えた感じだった。

「もうクスリやるしかないっすわ…ちょっと没収した覚醒剤でもありませんか、それ吸い終わったら俺を逮捕して下さい…それが無理なら拳銃で撃ち殺してください、どうせくだらない仕事しか出来んのですから誰も殺しても文句言いません」
「…」
「あとここまで追い詰めた、会社や家族、神様にも復讐したいんです、無関心が人を殺すんだぞ、って。本当にお願いします」

懇願するが、警察官らしからぬ優しい顔で諭してくる。

「いや…拳銃も覚醒剤も無いですし、犯罪らしいこと何もやってないんでしょ?」
「…コンビニ前で酒に溺れて、店に入ろうとしている人達に、手元にあった炭酸水を口に含んで吹きかけてた気がします、毒霧みたいに…」
「まぁそのくらいなら別に逮捕するほどの事でもないし、どうすることもできないなぁw」

「いや、俺は無敵の人になって、他人を殺すつもりでいましたよ!でもそんな勇気もないし、自殺する勇気すらない…そんな俺は救いようがない!でも犯罪者予備軍なんですよ!いいからPSYCHO-PASSみたいに早く捕まえてください!!こんな人間が街を歩くなんて危険過ぎます!!!」
「いやーできないです、それに牢屋はマジで何も無いとこですし、床もすっげー冷たいですよw」

優しさと冷静さを混ぜた言葉が、男の頭にガツンと喝を入れた。

「うぅ…何も無いのはあんまりだ…今の俺から音楽を奪われたらいよいよ終わりです…これ以上トチ狂うのは怖いです…」
「ですよねw、何か趣味に没頭してみたらどうです?」
「趣味は多い方だと思います…でも仕事に忙殺されたんです、お兄さんも同じ道を辿らないように気をつけてくださいマジで」
「そうですねー、ひとまず今日のところは帰って寝ましょう!一人で帰れますか?タクシーでも呼びましょうか?」
「…暗い中帰ったら色んな意味で怖いので、警察署内で寝ても良いですか…?」
「夜明けまでなら大丈夫ですよ!」

そうだ俺は人が恋しかったんだ、人肌とかそんなんじゃなくて。話がしたい、それだけだった。

リアクション一つでもいい。ワンタップだけでも良い。"いいね"と思われなくても、バッドボタンでも良い。ただただ関心を欲していただけだったんだ。

やがて男は力尽きたように眠った。

暫くして身体から込み上げてくる吐瀉物に叩き起こされた。

「う"っ…おえっぷ…」
「…あっ、トイレはあっちですよー」

トイレに行くにも警戒の目が刺さる。先ほどまで自分は犯罪者予備軍だと叫んでたので無理もない。しかしそんな警戒・軽蔑の目が何故か心地良い。ちゃんと俺は存在したんだと確認できている。

おぼろげな視界を頼りに、おぼつかない千鳥足でなんとかお手洗いまで辿り着き、煮え繰り返ったモノを吐き出した。

見た事ない色の、あえて例えるとすると、オーロラ色の吐瀉物。残酷なほど綺麗で気持ちが悪い色だった。酒に溺れようとした人間からはこんなモンが出るのかと衝撃が迸り、これはまさか夢の中かと錯覚した。その錯覚自体が夢のようだった。

吐いた後は、虚しさが込み上げてきたが、また心配そうにお巡りさんが話しかけてきてくれた。

「どうです、スッキリしましたか?」
「はい…でも…仮にこれを小説書いたとします」
「ほう」
「ドラマティックで面白くなりそうだけど!仮にこの話が売れて、金になったとしても何も変わりやしない!!この世界は…クソっ!!!
「…」
「面白がられてそこで終わりだ、金になったってどうしようもねえ!金なんて数字でしかねえっ…クソだ生き地獄だ、煉獄だ、天国なんて、存在しないっ…」
「…」
「神様はサボってやがる、人間の上司ならちゃんと仕事しろ!ああもうどうしようもねえよこんな世界はよォ…」
「…まぁ、そうかもしれませんね」
「…まぁ、こんなクソ寒い夜に、変な男の話を聴いてくれて有難うございました」
「いえいえ…」
「悪酔いした人間の相手を、煙たがりながらも話を聴いてくれる貴方は命の恩人だし、誇るべき仕事です。間違いなく命を救っています。僕が生き証人です。僕がやっているクソどうでもいい仕事よりよっぽど立派だ。せめてもの感謝の気持ちというかカウンセリング代というか残業手当(五千円)です、受け取ってください…」
「いや、それは困りますよ、受け取れないです…ホント大丈夫なので、無事に家に帰ってもらえれば…」
「うぅ…チップすら受け取ってもらえないのか…」
「別に良いんですよ、これも仕事のうちですから!というか金とかどうでも良いってさっき言ってませんでしたかw」
「…あっ、そういえばそうでしたね…へへw」

くだらくない話してたら息が詰まる。
くだらない話、あるいはくだらない男の話を聴くというような、くだらない仕事こそが平和を作ってるのかもしれない、そんなことを思えた夜だった。

「短い間でしたが、お世話になりました!もう二度とここに来ないように、また頑張ります!…頑張りすぎない程度にw」
「そうですね、気をつけて帰ってくださいwお身体もお大事に!」

夜明け直前の寒空の下、男は再び歩き出した。

くだらない世界にも救いを求めて。
"くだらない"の中にこそ生きがいって奴があるのだと信じて。

埃が"誇り"へと変わるその日まで。

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