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夕暮れ観覧車

その遊園地は、“さびれている”と言ってよかった。

閑散具合はといえば、お客さんに従業員を足してもまだ、全アトラクションの座席数の方が多いほど。

目玉として園のほぼ中央に建てられた巨大観覧車も、その煽りをしっかりと受けていた。

誰も乗せずにゆっくりのぼって、てっぺんから誰もいない遊園地を見下ろして、そしてまた空っぽのまま降りてくる。それのくり返し。ゴンドラたちはさびしさを紛らわせるために「こんな楽な仕事はない」とジョークを飛ばし合ったけれど、ひとたび発着所にいるお客さんを見ると、わざと速度をゆるめたり速めたりして、なんとか自分に乗ってもらおうとみな躍起になるのだった。

ただ、13号の赤いゴンドラだけは別だった。

彼にとって大切なのは、お客さんよりも遊園地の景色そのものだった。

のぼって降りる、のぼって降りる。どこへも行けないループの中で、それでも景色はいつも違う姿を彼に見せた。空の色も人の往来も刻々と移ろい、そのすべてに物語がある。まるで1話20分の短編映画集を見ているようだと、赤いゴンドラはいつも思っていた。

中でも夕暮れ時が彼はいちばん好きだった。

西の空に沈んでいく太陽。その速度に合わせて、人も木もアトラクションたちもじわじわとその影を伸ばし、それはまるで地上にもうひとつの世界、闇の世界が現れたかのようだった。

こんな景色をずっと眺めていられるのは、観覧車のゴンドラに生まれついた特権だ。どんなにお客さんの少ない日でも、そう思うだけで彼の幸福はちゃんとそこにあった。

そして、彼は知らなかったけれど、その幸福は何にも遮られることなく太陽のところまで届いていた。

そしてこれもまた彼は知らなかった。その穏やかなよろこびを反射させるみたいに、太陽もまた、赤いゴンドラの降る速度に歩幅を合わせて、ゆっくりゆっくり落ちていたことを。

日が暮れる最後の20分。太陽と赤いゴンドラは、呼応するように遊園地全体を赤く染めていたのだ。

お客さんもアトラクションたちもそのあたたかさにつつまれて、それはたしかに、すべてが幸福な景色なのだった。

そんなわけで夕暮れ時が夜に変わるその瞬間を知りたいのなら、13号の赤いゴンドラをよく見ているといい。

彼が空の旅を終えて発着所につくそのときに、ろうそくの火を消すみたいに、斜陽の最後のひとかけらが西の空に溶けていくのだ。


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ゴンドラの落ちてゆくのに太陽が合わせて落ちる、ゆっくりゆっくり

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